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輝石の魔術師 ー魔術師派遣事務所奇譚ー  作者: 村崎ユーキ
第1章 そして、異世界へ
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3. 攻撃してきてもいいよ

「ダイジュ、アンジェと勝負して!」


 はっきりと敵意を見せる言葉が温室に響く。

 そんな言葉に、大樹は「はぇ?」と間抜けな言葉を漏らす。

 アンジェリカの拳にギュッと力が入る。アンジェリカは瞳を赤く光らせ、まっすぐに大樹を睨みつけていた。

「はぁあああああ!?」

 目の前の少女は、どす黒い感情を見せながら大樹を睨みつけている。

「アンジェと戦って、それで、負けるところを輝石が見ればいいの。そうすれば、きっと主をアンジェリカに選び直してくれる」

 アンジェリカは何かの意志を持って、大樹へと手を伸べた。

「待てよ、ふざけんな!」

 目の前のアンジェリカは、どう見ても年下の少女だ。だが、大樹にとって今の彼女は、どす黒い感情をむき出しにした恐ろしい存在にしか見えない。

「いきなりこんなところに召喚とか何とかされて、ワケ分からんうちに勝負しろとか!! あー、くっそ!!」

 理解できない状況で大樹の背筋に冷たいものが走る。彼は「俺に、どうしろと?」と諦めにも似た言葉を零しながら、緊張を逃がそうと大きく息を吐いた。


「魔術を使うなら、まずは宣言。それから言葉を唱えるの。分かってるでしょ?」

 立ち尽くす大樹に、アンジェリカがなんとはなしに口にした。大樹は「だから! 魔術なんて使えねぇし、本当に俺はなんにも知らねぇんだって!!」と言葉を投げつけた。

「主とか契約とか……何なんだよ、知るか! 何回言わせんだよホント!!」

 わけのわからないまま、ただ地面に転がるケースと鉱物を見つめる。大樹は「いきなり精霊とか、なんとかって……わけわかんねーよ」と、独りごちだ。


「うるさい! アンジェ、分かってるんだから! そっちが何もしないなら、アンジェから行くよ」

 少女は「殺したりなんてしない。少しだけ痛いかもしれないけど」と、不審な言葉を並べる。

「ちょちょちょちょ!!!」

 待て、と言葉を繋ぐ前に、少女が口を開く。

「吹っ飛んじゃえ」

 彼女が感情なく静かに口にした瞬間、大樹は肌に触れる空気が震えるのを感じた。そして、フワリと自分自身の体が宙に浮いていることに気づく。

「は?」

 そう言ったが先か、彼の体はクヌギの巨木の幹に盛大に打ち付けられていた。ドンッという重たい衝撃音と同時に背中に激痛が走る。ミシミシと音を立てたのは、クヌギの木か、自分の体なのか分からない。

「……うぁっ……っく!」

 一瞬、呼吸が止まる。苦痛を逃がそうと小刻みに呼吸を繰り返し口をパクパクとさせるさまは、陸地に打ち上げられた魚のようだ。


――く、苦しい……痛ぇよ……体が、動かない!


 あまりの痛みに指一本すら動かすこともかなわない。少女の足音が近づいてくる。軽い音にもかかわらず、大樹には恐ろしく重たい靴音のように響く。


――死ぬのか、俺。 こんな意味不明なガキに……殺されるのか。


「なんだぁ。大したことないね。 アンジェと勝負してくれるわけじゃないの? 何もしないと、本当に死んじゃうかもよ」

 ひどく落胆したように言葉を連ねる少女は、本当に見た目通りの子どもなのか。皮を剥いだら化物でも出てくるのではないか。

 横たわる大樹は、自身を見下ろす少女の暗い瞳にそう思った。


「とんでもねぇ……お嬢ちゃんだ」

 今にも気を失いそうになる大樹は苦し紛れに言葉を吐く。ただ、その声はあまりにも力なく、か細い。

「そ、じゃぁハンデあげようか。アンジェも、ダイジュの魔法に興味があるんだよね」

 その笑い混じりの言葉とともに、視界の隅から温かい光が差し込むのに気づく。その光は、大樹の体を暖かく包み込んでいく。

「……んんっ」

 すると、全身を脅かしていた痛みがスーッと消えていくことに気づいた。大樹はすぐさま体を起こし、背中を擦ったり腰に触れたりしてみた。

「痛く、ない」

「攻撃してきてもいいよ」

 アンジェリカは薄ら笑いを浮かべながら軽く言葉を放る。

 大樹はアンジェリカの言葉に「くっそ!! だから、わかんねーんだって!」と、投げやりな思いを前面に押しながら立ち上がった。

 アンジェリカは「そっかぁ」と、クスクスと笑って「じゃ、アンジェリカは優しいから教えてあげる」続けて言った。

「最初は宣言。自分の名前を言うの。ほら、言って」

「……た、高木大樹!」

「“契約精霊を宣言する” 続けて」

「け、契約精霊を宣言する!!」

 促されるまま言葉を繋ぐ大樹は、半ばやけくそになっていた。

「“地の精霊 ゲーノモス”」

「地の精霊、ゲーノモス!!!」


 その言葉とともに、大樹の足元で緑色の光が放たれる。その光は蔦が絡まるような円陣を大樹の足元に描きだす。

「わっ……なんだよ、これ!」

 そして、光は円陣の中央から彼の足首から上へとまるで草木が成長するように上へ上へと上がっていく。体に熱い何かが蛇のように伝い登っていく感触に、大樹は「気持ち悪い!」と零しながらも、光の行方を視線で追った。

「腕が……っ!」

 ついに緑の光は彼の肘から左手首までに到達し、そこへ十字が連なるような文様を描いていく。それを目に、大樹は「これって空晶石と同じ模様!?」と、目を丸くしていた。

 瞬間、みるみるうちに光が消失していく。

「なんだよこれ! 変なタトゥーみたいなのが!!」

「精霊印。ダイジュ、やっぱり契約者だ」

 慌てる大樹を目に、アンジェリカは「嘘つき」と、瞳をギラリと光らせる。



――主、私の力が必要だろう。


「なんだ、この声」

 精霊印が刻みつけられ、ふと脳裏に響く声。この声は、一度聞いたことがある。


――必要なら呼ぶがいい、と言ったはずだ。全く。


「お前は……」


 記憶の中で、不思議な瞳が大樹を射抜く。


「天眼石?」


 大樹がそう口にすると、離れた位置に置き去りにされていたコレクションケースが光を放った。その光の中から、小さな丸い石がフワリと浮かび上がる。

『ようやく呼んだか』

 そのはっきりと大樹の耳に届いた声は、その小さな丸い石から聞こえたものだった。

「は?」

 浮かんでいた石が、音もなく大樹のそばまで近づき、肩の高さの位置で静止する。

『さぁ、どうする。 主よ。私に指示を』

「天眼石、さん? でも、その……指示って言ってもどうすれば」

『お前が呼んだのだろう。愚問だな。それと、“さん”は余計だ』

「そうか。て、天眼石……で、でも……俺は」

 大樹があたふたとしているが、アンジェリカは「すごい」とワクワクした様子で大樹と天眼石を見つめていた。


『あの小娘をどうにかすればいいのだろう?』

「そうこなくっちゃ! ねぇ、はやく何か見せてよ!」

 好戦的な天眼石とアンジェリカに、大樹は「ちょ、え? でも、怪我させちゃだめだなから!!」と慌てて言う。

「そんなこと言ってたら、アンジェに負けちゃうよ!」

 アンジェリカは頬を膨らませて「やる気ないなら、待たないからね!」と、再び腕を延べる。

「うわっうわっ! いや! 待ってって!」

『新しい主も、無知で無力で情けないな』

「お前、今おもっくそ悪口言ったろ!」

 ふわふわと浮かびながら、小さな石は呆れた様子だ。


「さっきよりも強いの、行くよ!」

 そう少女が叫ぶと、ビリビリと空気が震え、辺りの木々が激しく揺れた。大樹の皮膚も電気が走ったようにしびれる。

 先程、大樹が吹き飛ばされた前兆と同じ、いやもっと強い感覚だ。体の前面がさらに強く、痛いくらいに震える。瞬間、足元が地面から浮くような不安定な感覚に陥る。


――やばい、死ぬ……!


『それでも、お前は主』

 言葉が響く。

 何もかもがスローモーションのように動いて見えた。中空で体が背後から倒れ込む。その動きの中で、大樹はその音源へ視線を向けた。ピタリと視線が、その小さな存在とかち合う。


『この私が、お前を簡単に死なせるか』


 人間の眼球のような黒い石の文様が、瞬きをするようにうごめく。この空間へ飛ばされた、あの瞬間が大樹の脳裏でフラッシュバックした。大樹は思わず顔の前を両腕で覆って構えていた。


「て、天眼石ぃ!!」

『そのように最初から呼べ! 馬鹿者が!』



『神ノ眼……』

 天眼石がそう呟くと、眼球のような文様が再び蠢き、真っ黒な光を大樹の目の前に放つ。その光は放射線状に幾つもの光線を放つ。それは、アンジェリカと大樹を遮る壁のようだった。


「あれれ、なに?」

 両手を伸べていたアンジェリカが突然のことに表情を緩める。期待していたのか、楽しそうにも見えた。

『魔鏡反転』

「ありゃ。 鏡?」

 黒い光の壁がまるで鏡のようにきらめき、アンジェリカに彼女自身を映し出して見せる。次の瞬間、大樹の体はもとの地面に尻から着地していた。

「ってぇ! お前、どうにかしてくれるなら優しく……なぁ!」

『五月蝿い』


「きゃぁあああああ!!!」

 逆に、アンジェリカの体が中空に浮き上がる。そして、彼女の体は突風に吹かれた木の葉のように一気に飛んでいく。

「待て! 怪我はさせんな!!」

『無理な話だな』

 飛んでいくアンジェリカを助けようと駆け出した大樹だったが、間に合うわけもなかった。

 彼女が飛ばされた先にはガラス窓が見える。このままだと単に体を打つだけでなく、とんでもない大怪我だ。

「アンジェリカちゃん!!! う、うわぁあああああ!!!」

 大樹は絶叫しながら必死に走った。

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