Invisibility,and Insanity
今日もまた陽は沈みゆき。ただ独り、胎児のように蹲りて言ちる。不可解だ、と。
無論、返ってくる声はなし。広くも無機質な自室の壁に、わずかに反響するのみ。
世はなべて事も無し。されど僕の胸の裡は、唯ぼんやりとした不安に満ちていて。
「不可解」
具体的な形を持たないそれを理解したいがために、再度呟く。
僕はなぜ彼女のことを斯様に気にしているのだろうか。
大胆な距離に迫られ、その体温を感じたから? 否、そのような健全などぎまぎに起因するものではない。
夜間の侵入者に警戒心を抱いている? 人間として正常な反応ではあるが、これも違う。
これらもまた解し得ぬ興味の一因ではあろう。しかし根源ではない。
「…………ん?」
些細な違和を感じる方へと視線を向ける。
部屋の隅。ぽつんとルービックキューブが落ちていた。
太陽が、遥か稜線へといざようように消えてゆく。
それを背景に、僕は家を飛び出す。
思い出したのだ、やっと。
雪に足を取られながら走る。
“あれ”が彼女のメッセージなら、きっとそこにいる。
三年前。中学校までの道程を急いでいた僕は、交差点にて信号待ちをしていた一人の少女にぶつかって……。
「待ってたよ」
彼女はそこにいた。あの時と同じ、真紅のゴスロリを身に纏って。
「ずっとずっと、ここで待ってた」
「君だったのか、トウカ」
世界の全てが美しい刻。なんということもない十字路ですら、彼女を引き立てる極上の背景。一枚の名画のように完成されている光景を、素直に綺麗だと思った。
「それで、真二はなぜ私に会いに来たの?」
この言葉にこめられた意味は、おそらく拒絶ではなく問いかけ。そして、僕は彼女が求める答えを知っている。
「ルービックキューブ。落し物だよ」
ベッドの側に落ちていたそれは、ガラスの靴のように僕達を結びつけた。そしてそれが意図的であることも、知っている。
あの時と同じなのだ。
「ほんっと、世話が焼ける私の王子様」
くすりと笑うトウカ。頬は彼女の瞳のように紅く染まっており、その声からも喜びが滲みだしている。
不条理。
「何故だ?」
きょとん、と首を傾げるトウカ。
続ける。
「三年前、僕はここで君とぶつかって。倒れた君の手を引いて起き上がらせ、一言謝ったあと、“トウカ”と書かれたルービックキューブを拾い、君に返した。」
一度息を吸い、だけれど、と繋げる。
「だけれど、それだけ。僕と君の間にあったできごとはそれだけだったんだよ。君がこれだけ僕のことを慕う理由が存在しないんだ」
虚偽の“認知”を迫ったりするほどに。彼女は妊娠などしているはずもないのに。
ところが。
「それだけ? ううん、私にとってあなたが特別な存在になるのには十分。」
ふと、周囲を見渡す彼女。
足を止め、こちらを眺める通行人達。
傍から見れば、さぞかしゴスロリ衣装の美少女と冴えない男が痴話喧嘩をしているように見えるだろうな、と少し恥ずかしく感じた。
いや…………、違う。
この視線は。
俺だけに向けられている。
まるで。異常な存在を見るように。
「誰も、私を見てないんだよ」
刹那、呼吸を忘れた。
「叫ぼうと、触れようと、誰も私を認識できない」
「タトえワタシがヒトをコロしても、ダレもワカらない」
既に彼女の言葉は耳に入っていない。非常識を脳が遮断しているのだろう。
「コロんだワタシのテをツカんでくれた。ちゃんとミてくれた。あのトキから、このルービックキューブはワタシのタカラモノ。」
唯一聞こえたのは、きっと彼女なりのラブコール。
「こんな私ですが、どうか認知してもらえますか?」
そちらが朝でもこんばんは!
甘いものが好きな作者の由希です。
深夜に食べるシフォンケーキとコーヒーの組み合わせが特に好きです。太りそうです。やばばばばです。
次話以降は超遅筆ゆえに時間がかかると思いますが、気長に待っていただければ……!