冒険者となる為に
〜メルト・町外れ〜
ロキとシャルルの元へ、金属で出来た鎧を着用した熟練と見られる冒険者が駆け寄ってきた。
ダンディな顎髭を蓄えた、三十代前半くらいで紺髪の男性である。
「こいつは君たちがやったのか?」
「ああ」
「私じゃないです。こっちが主犯です」
「なんだよ。悪いことみたいに」
「そうか。いやはや、最近の若い子たちは凄いな」
「まあ、神だからな」
「神?」
「ロキが勝手に言っているだけです。気にしないでください」
「俺が出る幕は無しか。君たち、将来有望だな」
「どうも」
「今回はファングボア一頭で済んだようだが、あまり無茶はするなよ。初心者が一番危険なんだ」
「ご忠告ありがとうございます」
紺髪の熟練冒険者は去っていった。
彼と入れ替わるようにして、ロキの荷物を預けたシスターが走ってきた。
「ロキ様、シャルル様。よくぞご無事で」
「当然だ」
「先程冒険者の方とすれ違いましたが、あのファングボアは彼が?」
「いえ、ロキがやりました」
「おい。だからどうして悪事のように言うんだ」
「まあ。スキルを得たばかりだというのに。素晴らしいですね。心配は杞憂だったようです」
「まあな」
「ロキ。この魔物、どうしよっか。死体を放置するってわけにもいかないでしょ?」
「でしたら、冒険者ギルドのメルト支部へ行ってみてはどうでしょうか。素材の買い取りや、加工もしてもらえますよ」
「なるほどな。なら、これはシスターにやろう」
「えっ?」
「ロキが良いなら、私は何でもいいよ」
「一宿一飯の恩義だ。死体を運ぶ駄賃も含め、全部持って行ってくれ」
「よろしいのですか? あなた方の年齢であれば、お金は重要ですよ」
「構わん。この程度ならそう大した金にもならんだろう。気にするな」
「では、お言葉に甘えさせていただきます。これであの子たちに良いものが食べさせられます」
「じゃ、シスターさん。またね」
ロキとシャルルは、森の中へ向けて歩き出した。もちろん、シスターからロキの荷物は返してもらって、だ。
素材を運ぶための手配をしながら、シスターは独りごちていた。
「騙してしまったような気分ですね。ロキ様はああ言ってくださいましたが、この一頭で一週間分の生活費になると聞けば、意見を変えなさったかもしれないのに」
シスターはロキのようにため息を吐いた。
「だめですね。今更何を思おうとどうにもなりません。あの子たちを助けるためにしたことは間違っていないはずです。神様、どうかお許しください」
〜約四時間後・クルス村〜
噂の神様とシャルルはクルス村に到着した。
「着いたな」
「はぁー、疲れた。帰って寝よう」
「まだ昼だぞ」
「いいじゃん、たまには」
「それもそうかもな」
二人は並び、家に向かって、残りほんの少しの距離を歩いた。
「なぁシャル。お前、これからどうするんだ?」
「どうって?」
「冒険者になるんだろ? 俺を利用して」
「言い方が悪いよ。間違ってはないけどさ」
「それで、どうするんだ?」
「しばらくはクルス村でお稽古かな。魔法にもスキルにも慣れてないし」
「そうか。なら付き合ってやるよ」
「うん。ありがと。せっかくそんなに強いんだから、ロキも夢、見つけなきゃね」
「そうだな」
「これからもよろしくね」
「ああ。また明日」
「うん。また明日」
〜翌年・クルス村〜
クルス村にはこの日も、鍛錬をする二人の姿があった。
一年前にスキルを手に入れてから、鍛錬はより高度なものとなっていた。速度はもはや、常人の目に追えない。
「細剣術」のスキルを手に入れたシャルルは右手に木の棒を持っている。ロキはいつものように素手。
その上、シャルルは剣術の隙を潰すために魔法まで習得していた。
「神を害するなんざ百年早い」
「はぁっ。お疲れー」
「お疲れ。魔法も実戦で使えるようになったじゃないか」
「えへへ。頑張ったもんね」
「まあ、それでも俺には届かんがな」
「ほんと、どうなってるの。ロキ半端ないって。背後から飛ばしたはずの礫も全部躱しちゃうし。そんなの出来ないよ普通。出来るなら言っといてよ」
「手の内を晒す馬鹿がいるか」
「今日こそは勝ったと思ったのに。ぬか喜びさせちゃってもう」
「知るか」
「ねぇロキ。そろそろ合格、貰えない?」
「ふむ。まあいいだろう。そろそろ外に出しても恥ずかしくないレベルにはなったはずだ」
「やった! 十六年の研鑽がようやく認められたよ!」
「嘘つけ。実質十数年だろうが」
「そのくらい誤差だよ。細かいこと気にしないの」
「まあいい。これから冒険者になるんだよな」
「うん。もちろんだよ。ロキも来てくれるよね?」
「ああ」
一年の時を経たものの、ロキの心にしっくりくるような夢は見つかっていなかった。
そのため、ロキはシャルルについて行くことに決めたのだ。
「そのことを親には言ってあるか?」
「ううん、まだ。説得はこれからだよ。ロキは?」
「俺もまだだ。二人とも説得が終わるまでは、まだ訓練を続けるぞ。と言っても、すぐだろうがな」
「うん。あともうちょっとだもん。頑張らないと」
「冒険者になってからが本題だろうが。こんなところで達成感なんざ、まだ早いぞ」
「分かってるよ。節目としてってこと」
「分かっているなら良いが」
「じゃあ、また明日ね」
「ああ。上手く行くと良いな」
〜その日の晩〜
「父さん、母さん。俺は冒険者になる」
「唐突だな、ロキ」
「何を呑気に言っているのですか。ロキ、ダメよ。冒険者は危険だもの。とてもじゃないけど、そんなの賛成出来ないわ」
「まあまあ母さん。まずは理由を聞こうじゃないか。ロキ、話しなさい」
「俺はシャルを誰よりも強くする。そのためにあいつについて行く。それだけだ」
「シャルちゃんが冒険者に? それこそおかしいじゃない。あんな可愛らしい子が冒険者だなんて」
「あいつはこの村を救いたいんだと。この辺りに巣食う魔物を討伐して。俺はそれを手助けする」
「良い子だな」
「そんな悠長な反応ではいけません。ロキもシャルちゃんも止めないと」
「母さん。一度落ち着きなさい」
「これが落ち着いていられますか! あなたはロキが大切ではないのですか?」
「母さん!」
突然の大声に、ロキの母親はビクリと震え、父親へ向き直った。
「なんですか」
「母さん。ロキはシャルちゃんを助けたいと言っているんだ。男の理由としては十分だと思わないか」
「そんなものは理屈でも何でもありません」
「だからといって、子の夢をはなから否定するのも違うだろう」
父親はそれだけ言うと「言いたいこと、言えることは言った。あとは自分で頑張れ」という視線をロキに寄越し、それ以上介入することはなかった。
「ロキ。あなた、本当に冒険者になりたいの?」
「ああ。約束したからな」
しばしの沈黙。ロキは母親と睨み合った。
「そう、なのね。わかったわ。認めます」
「ありがとう」
「ただし、条件があります」
「何だ?」
「ロキもシャルちゃんも、無事に帰ってきなさい。男の子だもの。できるわね?」
「当然だ。俺を誰だと思っている」
ロキはニヤリと歯を見せて笑った。
「俺は神だぞ」
〜翌日〜
「ロキぃ」
「どうした? 元気がないな」
「冒険者、絶対ダメって」
「シャルもか」
「ってことはロキも?」
「ああ。なんとか説得したがな」
「へぇ」
「どうしてそんな驚いたような顔をするんだ」
「まさか、ロキがそんなに熱心になってくれるとは思ってなくて」
「昔から言っているだろう。神は約束事を重視するんだ」
「そうみたいだね。私も頑張らなくちゃ」
「そうしてくれ」
〜さらに翌日〜
「うぅ。また突っぱねられたぁ」
「諦めるなよ。数少ない俺の努力を無駄にするな」
「わかってるよ。わかってるけどぉ」
「根気強く。かつ熱心に。いいな?」
「うん。頑張る!」
〜さらにさらに翌日〜
鍛錬を始める前から、シャルルは四肢を地面に投げ出していた。
「またダメだったか」
「うん」
「だったら諦めるのか?」
「そんなわけない! そんなわけない、けど」
「けど、何だ?」
「お父さんの気持ちも、わかるなって。命の危険があるのに、承諾なんてしないよね、普通」
「そうだな。普通はそうだ」
「やっぱり、私の夢って間違ってるのかな」
紅の目は閉じられていた。
差し込んだ陽の光に、目の端が煌めいている。
「そうじゃねえだろ」
「え?」
「夢ってのは、誰かに拒絶されたら終わるのか。違うだろ。誰がどう立ち塞がろうとぶち破って、何がなんでも叶えるのが夢ってもんだ。違うか」
「ぐすっ。ううん。違わない」
「俺はお前の夢を綺麗だと思った。だから俺は全力でお前を助けてやる。あとはお前が挫けなければそれで良い」
「私が、挫けなければ」
「そうだ。俺はお前の夢を応援する」
「ロキが私を、助けてくれる。なのに、私がくよくよしてちゃダメ! 絶対! お父さんもお母さんも説得する!」
「よし、その意気だ。行ってこい」
「うん! 私、絶対に冒険者になるんだ!」
シャルルは鍛錬すら忘れ、家へと飛んで帰った。
ロキは一人、タンクトップ姿で取り残された。自然とため息が零れる。
「はぁ。キャラじゃねえよな」
だが、その表情は、少しだけ晴れやかだった。
「頑張れよ、シャル」
〜翌日〜
いつものように、シャルルはロキの家まで来ていた。
「よう、シャル。上手くいったみたいだな」
「うんっ! えっへへ!」
シャルルはピースサインを突き出し、今まで見せた中で最も輝く笑みを浮かべた。
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