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ジャン負け村人転生しようぜ  作者: リア
第一章・故郷より北上
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初めての魔物

〜五年後・クルス村〜



「ロキーっ! 今日も来たよーっ!」


「シャルちゃん、ロキをよろしくね。怪我には気をつけて。それからそれから」


「心配しすぎだ母さん。ロキはもう十五なんだぞ」


「たかだか隣町まで行くぐらいだろう? 歳のせいか?」


「ロキ、口悪いよ」



 人間世界。それも、ロキが転生した地域では、十五歳になると人生の節目を迎える。


 具体的には、町の教会で「スキル」が啓示されるのである。


 それにより、今まで子供と見なされていた者が大人へと変わる。社会で活躍するだけの能力を得ることができるのだ。



「行ってきます」


「いってらっしゃい」


「いってらっしゃい、ロキ。寄り道せずに真っ直ぐ帰ってくるのよ。シャルちゃんも、気をつけてね」


「ロキのことは任せてください。行ってきます」



 節目の年を迎えた二人は、隣町に向けて歩き出した。


 彼らが生まれたクルス村は、この人間世界においても驚くほどに辺境の地である。


 周りを山に囲まれているわけではない。むしろ、起伏の少ない平坦な土地である。水源にも恵まれ、木材にも一向に困らない。


 そうであるのにも関わらず、人口は少ない。



「ねえロキ。遠くから足音がしない?」


「確かに。心配しすぎた母さんが追いかけてきたのか?」


「さすがにそこまでしないよ。方向も違うし。おやじさんも止めるでしょ?」


「そりゃあそうだ」


「ねぇ、ロキ? もしかしてとは思うけど。アレ、忘れてない、よね?」


「アレ?」


「アレだよアレ! 魔物避け! おばさんから渡されてるでしょ?」


「?」


「渡されてるでしょ? 渡されてるよね! 渡されてるって言って!」


「すまん。記憶にない」



 途端、シャルルの顔から血の気が引いた。元々白い肌が、だんだんと青白くなっていく。



「嘘でしょ。ありえないって。さすがに、それは」


「何を狼狽えているんだ?」


「ロキのせいだよ! とにかく全速力で引き返さないと!」



 シャルルがロキの手を引き、走り出そうとしたそのとき。遠くから聞こえていたはずの足音が、すぐ近くで彼らの耳に入った。


 体を震えさせ、油が切れたロボットのような動きで振り返ったシャルル。その目に映ったものは、紛れもなく魔物だった。


 叢から飛び出したのは、四足歩行の魔物。俊敏性が極めて高いと言われるダークウルフである。



「嘘っ。嘘嘘嘘っ! ロキが持っていないにしても、私は持ってるのに!」



 この土地の人口が少ない理由。それは、この辺りの森林地帯に魔物の縄張りが連立しているからである。


 それだけではない。この近辺の魔物は総じて、厄介とされる魔物ばかりなのである。


 一般人。それもスキルを持たない人間が出くわせば、まず命は無いと言われるほどに。


 体長およそ二メートル。黒い体毛を持ち、文字通り狼の形をしたダークウルフは、獰猛に牙を剥き、襲いかかるタイミングを図っている。


 シャルルは既に、生きた心地がしていなかった。逃げ出すこともできず、尻もちをついて、ロキの服の袖を握っている。



「ロキっ! なんとかしてよっ! 魔物避けを忘れたロキのせいなんだから!」



 シャルルの必死な呼びかけに対し、ロキが返したのは、一つのため息だった。



「はぁ。シャル。誰よりも強くなるんじゃなかったのかよ。それがこんな魔物程度で震え上がって」


「いや、だって! 死ぬんだよ?! 無理だって! どんなに強くなろうったって、それは人間内での話でっ!」



 シャルルの大声に反応したのか、ダークウルフは唸り声を上げて姿勢を低くした。


 そして、シャルルが瞬きをした次の瞬間。ロキのすぐ正面にダークウルフの顎門が迫っていた。



「ロキっ!」



 幼馴染の首が噛みちぎられる姿を幻視したシャルルは、声を荒らげ、手を伸ばした。


 先程瞬きをするまで、ロキの袖を掴んでいたその手を。



「魔物風情が。誰に牙をむいてやがる。」



 シャルルの目は、たった今起こった全てを捉えていた。


 袖を握っていたはずのシャルルが、全く気づかないほどの速度でロキは動いた。


 ロキは、姿形を置き去りにする速度でダークウルフの側面に回り込み、がら空きの背中へ掌底を放ったのだった。


 さながら、以前シャルルの突撃を軽くいなしたときのように。



「神を害するなんざ百年早い」



 ぬかるんでさえいなかった地面に陥没した、ダークウルフの死体を見下ろしてロキは告げる。


 シャルルはその姿をただ呆然と見つめていた。生き残ったことへの歓喜と、若干の恐怖が綯い交ぜになった視線で。



「たしかにシャルよりは速かったな」


「感想それなの?」



 これがまぐれでなく、ロキの本気であるならば、神を自称するだけのことはあるかもしれない。シャルルはそう思った。


 人間世界において、常識的に考えれば、あのダークウルフの攻撃を避けることが出来る者は優秀なスキルを持っている者だけだ。


 それをスキルを持たない状態で打ち破った。それは人間世界の常識さえ打ち破る行為なのである。



「それでシャル、魔物避けというのは何だ?」


「えぇ。最大のピンチを乗り越えて言うことがそれ? どこまでもマイペースっていうかなんて言うか」



 シャルルはロキの様子に呆れながらも、口を開いた。



「魔物避けっていうのは、クルス村の特産品。現在魔物避けを作れるのはこの村だけって言われているの。村に魔物が入ってこないのはこれのおかげなんだよ。」



 魔物が多いこの土地で、過去の人々は生き抜く術を見つけた。それが「魔物避け」なのである。


 魔物避けを所持することで、半径1メートル内は人間の気配を消すことが出来るというものだ。



「まさか置いてくるなんて。ロキって自分の強さに微塵も疑いが無いよね」


「当然だ。神だからな」


「そうだったね、あはは、は」



 乾いた笑いを漏らすシャルルであった。しかし、その絞り出したような笑い声さえも、途中で途切れることになった。



「それで、シャル。どうやら囲まれたみたいだぞ」


「うん。今度こそ死ぬかも」



 シャルルはガタガタと小刻みに震え、余裕のない笑みが顔に張り付いたまま取れていない。


 ロキはため息を一つ。



「はぁ。シャル、逃げるぞ」


「え、ちょっ。待ってよ!」



 シャルルはへたりこんだまま動かない。



「どうしたんだ? もしかしてチビったのか?」


「チビってない! ちょっとしか。じゃなくて! その、腰が抜けちゃったの」


「はぁ。仕方ないな。しっかり掴まっていろよ」



 ロキはシャルルの腕を引っ張り、ふわりと体を浮かせた。



「ふえっ?! ちょっと!」



 宙に浮かんだシャルルの体を、ロキは背中で受け止めた。


 そのまま元きた道を走り出す。いつもシャルルがしているように、最初からトップスピードで。



「ぴにゃああああ!」


「舌を噛むなよ」



 これこそが本物のトップスピードだと言わんばかりに、風を切り裂いて駆けて行く。


 その速さは、先程のダークウルフの動きに勝るとも劣らない。


 それを持続的に体感するというのは、さながらジェットコースターに乗っているような気分である。


 初めて体感するシャルルにとっては、尚更恐怖を感じるであろう。


 そんなシャルルは、ロキの上で下半身を濡らしていた。



「ふぅ。着いたぞ」


「はぁ、はぁ、はぁ。怖かったぁ!」


「情けないな。魔物なんかにビビって漏らすなんて」


「魔物じゃないよ! いや魔物もだけど! もぉ! この年になってお漏らしなんてぇ!」


「いや、今で良かったじゃないか。今ならまだ子どもだと思われるんだ」


「あ、ほんとだね。ってそういう問題じゃない! ふぇぇぇ」



 ダークウルフに出くわしたときでさえ涙目で留まっていたシャルルが、ここへ来て涙を流した。


 そこには恥辱を受けたということもあるのだろうが、生きて帰った安堵もあるはずだ。



「はぁ。こっちまで濡れちまったな」


「あ。ご、ごめん」


「謝らなくていい。漏らさないように注意しておくべきだった」


「そういうことでもないよ! もぉ。ふふっ」


「気持ち悪い奴だな。漏らして笑うなんて」


「せっかく水に流そうと思ってたのに、どうしてそういうこと言うかなぁ」



 シャルルは不服げに唇を尖らせていたが、彼女の涙は止まっていた。



「仕切り直しだ。着替えてもう一度だな」


「うん。今度は魔物避け、忘れないでね」


「ああ」



 返事をし、立ち去るかのように見えたロキがふと立ち止まった。



「そうだ。堂々としていたほうが、ズボンのソレ、バレにくいぞ」


「余計なお世話だよ!」



〜一時間後・村の出口〜



「お待たせ。行こっか」


「ああ」



 新しい服に着替えたロキとシャルルは再び村を出た。


 ロキの後ろをシャルルは歩く。


 シャルルは、ロキが彼女に注目していないことを確かめてから少しだけ身を屈めた。そこで鼻から空気を吸い込む。


 良好だったのか、頷いて姿勢を元に戻した。



「アンモニア臭のする体はさすがに嫌だからな。きちんと体は拭いたぞ?」


「ぴっ!」


「鳥みたいな声を出して、どうしたんだ?」


「気づいてたことにびっくりしただけだよ」


「そうか。それにしても、神に放尿したのはお前が初めてだと思うぞ」


「忘れて! 忘れなさい! 3、2、1、はい忘れた! いいね?」


「お、おう」



 シャルルの気迫に気圧されたロキが、それ以上話を蒸し返すことはなかった。

お読みいただきありがとうごさいます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

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