ジャン負け村人転生しようぜ
~天上界~
「はぁ~、かったりぃ」
緑の絨毯と称すべき草原に、少年が横たわっていた。彼は手を頭で組み、雲の流れる青い空を茫然と見上げている。
少年は白い衣を纏っていた。それとは対照的な黒い髪を持ち、中肉中背。何の変哲もない少年のように見えるが、その実、彼は神なのである。但し書きとして「見習い」という言葉が付属するが。
「親父のやつ、無茶苦茶言いやがって」
どんなに人間と似通った形をしていようが、彼は神である。人間のように、血を分けた親がいるわけではない。彼が言う「親父」というのは、彼を創り出した神。俗に言う、創造神である。
「たった百年ぽっちであれだけのものを覚えろだとかって、馬鹿じゃねぇのかよ」
少年は、この天上界で最も位の高い創造神によって創られた。それ故に、生まれたばかりの頃から並々ならぬ教示を受けていたのである。
「周りのジジイ共もそうだ。いくら親父が偉かろうが、俺には関係ねぇだろうが。勝手に期待してんじゃねぇっての」
雲一つない青空に向かって、拳を突き出す。当然、その手を受け止める者はいない。虚しく空を切るのみである。
「どいつもこいつも、俺のことを脳筋だなんだって馬鹿にしやがって」
続けざまに、二発三発と虚空を殴打する。
やがて疲れたのか、振り上げていた腕を重力に任せて勢いよく下ろした。
この少年には学友がいる。同じ時期に、他の創造神によって創られた神の見習い達。彼らの多くは少年の父を恐れ、直接の発言は避けているものの、陰口というものはそうそう隠しきれるものではない。
「あぁ畜生!」
彼は苛立ちに任せ、もう一度握り締めた手を伸ばした。
空振るはずのその拳は、突如として空間に現れた裂け目によって受け止められた。正確には、裂け目の中にあった手によって。
「こんなところにいたのか。いつまでもいじけているなよ」
「うるさいな。お前には関係ないだろ」
「釣れないことを言うなよ、親友」
自らを親友と名乗る少年。彼もまた、学友の一人である。類は友を呼ぶ、という言葉があるように、勉学の才は等しく皆無。言い方を変えれば、悪友という言葉が当てはまるだろう。
「いくら神でも時間は有限なんだ。こんなところで暇を潰すくらいなら、俺と遊ぼうぜ」
「わかったわかった。遊んでやるよ」
よく分からない理論に引っ張られ、少年は立ち上がり、裂け目の中へ入っていった。
自称親友の彼が言う通り、神にも寿命がある。それは当然と言うべきか、人間よりも長い。人間の一生を五十年と仮定すれば、およそ二十倍。神は千年もの時を生きるのである。
〜数時間後〜
親友の彼と一頻り遊び尽くした少年は、家に帰った。玄関の扉を開ければ、そこには父親である最高位の創造神の姿がある。
白く長い髪に、胸元まで伸びた同色の無精髭。太い眉を顰め、険しい目付きで少年を射殺さんばかりの眼力を放っていた。
帰ってくるなり少年は、仁王立ちのまま彼を睨みつける父親と対峙することとなった。
「どこをほっつき歩いていたんだ! お前はもう少し創造神としての自覚をだな!」
「うるせぇな、何度も何度も。いい加減聞き飽きたっての」
「お前が一向に直さないから儂は怒っているんだぞ! いい加減にやる気を出せ! やれば出来るはずだ! 次の最高位創造神として恥じぬ成果を残すことだって!」
「うるせえって言ってんだよクソ親父! 俺は望んでテメェの子どもになったんじゃねえんだよ! いつまでも俺に縋ってないで新しい従順な息子でも娘でも生み出しやがれ!」
少年は勢いよく自室の扉を閉め、父親の厳しい顔をシャットアウトした。そのまま寝具に体を投げ出し、机に向かうことはせず、休むことを選んだ。
ピシャリと閉じられた扉の前で、天上界最年長の老人はため息を吐いた。先程までの威容はなりを潜め、このときばかりは苦悩する父親の様である。
「それが出来れば苦労はしないんだ。お前に楽をさせてやることだって」
〜数日後〜
この数日の間も、少年は父親と喧嘩したままだった。ある種、それが日常と化している彼にとってはなんのことも無い。
今日もまた、少年は父親の命に従わず、親友の彼と出歩いていた。高層ビルの屋上、へりに、仲良く並んで座っている。
「親父のやつ、またあーだのこーだのってよお。嫌になるぜ」
「大変だよなぁ。うちは放任主義だから楽なもんだ」
「いいよなぁ。はぁーあ、帰りたくねえ」
プラプラと足を揺らす少年。そこから見える景色は、真っ赤に染まっていた。もうすぐ帰らなければならない時間である。
今日も玄関で腕を組んでいるだろう父親の姿を想像し、少年はため息を吐いた。
「俺たちは人間みたく、自殺なんて出来ねえもんな」
「出来てもしねえよ。親父に負けたみたいだろうが」
「くっくっ。お前らしいな」
およそ生死の話題とは思えないほど、穏やかに笑む親友の彼。神である彼らにとって、命の長さとは寿命そのもの。それを縮める術は持たない。
「なあ親友。そういえば俺、この間良いものを見つけたんだ」
「何だよ」
「今すぐ見せてやりたいところなんだが、あれをお披露目するのに二人じゃ寂しい。クラスみんなで集まろうぜ。」
「勿体ぶるなよ。どうせ大したものでもねえんだろ?」
「今回は凄いんだ。楽しみにして待っていてくれよ」
「ふーん。まあ、いいけどな。どうせ真っ直ぐ帰るつもりなんてねえんだし」
「驚いて腰を抜かすなよ。じゃ、また明日な」
親友の彼はビルから飛び降り、同時に創った裂け目へ入る。いつもの別れのパターンであった。
しかし少年は、その場で立ち上がり、とぼとぼと歩いて帰る。理由は単純、彼にはそんな技術がないからだ。
これも少年が侮蔑される要因の一つである。彼には創造神としての能力がまともに備わっていない。点と点を繋ぐ裂け目、ワープホールを創ることさえも出来ないのだ。
はぁ。と、少年は再びため息を吐いた。
「なんだ、今日は親父、いないのか。ラッキー」
少年は軽い足取りで自室へと向かう。またいつものように、寝具に体を埋めた。
「そういえば課題の提出、明日だったか。まあいい。知らないふり知らないふり」
少年は、誰に見咎められるわけでもないにも関わらず、気付かぬふりだと呟いて眠りについた。
ちなみに、神は食事を必要としない。人間の法則に則れば、そんなことが有り得るはずはないのだが、その理屈は神の間でも解明されていない。
〜翌日、放課後〜
「はぁ、今日はついてねえな」
今にも舌打ちをしそうなほど顔を歪め、ため息を吐く少年。
何があったかと言えば、単純なことだ。前日無視した課題について、クラス全員の前で晒されたのである。
自業自得と言ってしまえばそれまでだが、父親との喧嘩で気が立っている少年を苛立たせるには十分な理由だった。
「おっ。集まってくれてるな」
座席の半数が今なお埋まっている教室へ、少年の親友を名乗った彼が、手に何かを持って入ってきた。放課後の浮かれた視線が彼に集中する。
彼が手に持っているものは、大きさも形状もまるで黒電話のような機械。円状に数字が並ぶ、黒光りのフォルムである。ただし、受話器は無い。
「なんだよそれ」
「これはな、聞いて驚け。転生機だ」
「結局何なんだよ」
「これを使えば、望むような人生を手に入れることが出来るんだ。説明書に書いてあった」
「そんなものがあるわけねえだろ。夢を見すぎだ」
「嘘だと思うなら試してみるか?」
「誰がやるかそんな胡散臭いもの。碌でもないことが起こるに決まっている」
「他にやりたい奴はいないか?」
二人の少年の会話を聞き、挙手する者は現れなかった。
彼は、ことあるごとにガラクタを手に入れては自慢するという傍迷惑な個性を持っているのである。そのくせ人当りが良く、彼が呼びかければクラスの半分は残ってしまうのだ。
だから今日も、誰が実験台になるかで論争が巻き起こる。こうなれば決着は早い。
「はぁ。ったく、また俺にやらせようってんだろ? ふざけんじゃねぇよ」
通常であれば、この少年が押し付けられる役目を負っている。いつも甘んじて受け入れているからこそ、親友という立ち位置にまでこぎつけたのだ。
しかし、この日は違った。少年は異を唱えたのである。
「なあ皆の衆。ここは公平にじゃんけんといかないか。散々俺に押し付けておいて、嫌だとは言わねえよなぁ?」
少年なりの精一杯の復讐だった。その父親譲りの迫力に押されたのか、クラスの神見習いたちは渋々手を掲げた。
「よし、いいなおまえら。いくぞ」
そして少年は、およそ神とは思えない邪悪な笑みを浮かべて。
「ジャン負け村人転生しようぜ」
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