第33話 勇者の屋敷その1
買い物やギルドの用事を済ませたところで丁度いい時間となったので俺達は北側の特別居住区にある勇者の屋敷に向かう事にした。
途中神殿の前を通りかかった。綺麗な石材で作られた誰が見ても神殿と分かるような建物だった。
神殿の前は広場になっている。ここに人が集まりお祈りでもするのだろうか。
その後、特別居住区に入ると人も少なくなり、風景は一変した。通りかかる人といえばもっぱら屋敷の使用人風の人、もしくは奴隷を従えた役人風の人、街並みも商業区や一般居住区の方とは違い一目で高級な感じが分かる。面積もそうだが、家ではなくて屋敷という感じだ。
ふと俺は気付いた。
「そういえば勇者の屋敷の正確な場所聞いてない。」
「そういえばそうですね。」
「亮助様、うっかりでしたね。」
本当に俺とした事がうっかりだ。
人に尋ねようかと思ったがこういう時に限って中々出会わない。
こうなったら一軒一軒周りながら探そうかと考えていると、何やらバサッバサッと羽音が聞こえた。羽音が聞こえた方を見ると、それは勇者大吾の召喚したドラゴンだった。
たぶん勇者大吾も場所を教えるの忘れたのに気付いたんだろう。
しかしあんな目立つドラゴンを目印に使うなんて勇者大吾は結構大胆だよな。そもそも町中にドラゴンがいていいのか?勇者大吾のドラゴンだと周知されているのだろうか?
ともかくずっとこのままなのもドラゴンに悪いから少し急ぎ目で勇者の屋敷に向かった。
屋敷に近づくとドラゴンがこちらに気付き、庭に降下していった。
屋敷の前に辿り着いた。立派な門、立派な塀だ。中もさぞかし立派な事だろう。
すると、タイミングよく門が開いて綺麗で可愛いメイドさんが出迎えてくれた。
おそらくあのドラゴンは俺達を見つけたら知らせるように命令されていたのだろう。なんて頭の良いドラゴンなんだ。いやドラゴンだから頭がいいのか?
メイドさんが中に入るように促す。
「ようこそいらっしゃいました。亮助様と従者の方ですね?勇者大吾様がお待ちです。」
「お邪魔します。」
門を潜ると広い庭が広がっていて、先ほどのドラゴンがくつろいでいる。屋敷は立派なレンガ調の作りでかなりでかい。
客間に通されるとすぐに勇者大吾がやってきた。
「よく来たのう、待っとったぞ!」
「お招きありがとうございます、大吾さん」
「しかしすまなかったのう、屋敷の場所教えとくの忘れとった。」
「いえ、ドラゴンが教えてくれてすぐに分かりましたから。」
やっぱ向こうも教えるのを忘れてた事を気付いていた。
勇者大吾は部屋着だった。まぁそうだよな、家の中であんな鎧付けてたら生活しにくいもんな。
前に会った時は兜で分からなかったが、髪は短髪で綺麗な白髪だった。私服だと一見普通のじいさんだ。
「まだ夕食まで少し時間がある。とりあえず座って話をしよう。」
低めのテーブルの両脇に長めの立派なソファーが置かれていて、片方に俺が中心で両脇にナナとあんずが座った。もう片方に勇者大吾が座り、入口でメイドさんが待機している。
「それで大吾さんが俺を招いた理由は何でしょうか?」
「そんなに警戒せんでいいよ。おぬしに聞きたい事があるというのは嘘ではない。それよりも儂に聞きたい事が山ほどあるんじゃろ?」
このじいさんは読心術でも使えるのだろうか?
【平常心】が発動してるから取り乱したりしないが、見事に俺が思ってる事を当てた。
「まったくその通りです。」
「儂が答えられる範囲で教えてやろう。異世界転移して55年、人生の先輩としてな。」
「でもどうしてそんなに親切にしてくれるんですか?」
「おぬしからは悪意を感じられん。それに同郷じゃしな。それだけじゃ不満か?」
「いえ、十分です。」
勇者大吾はとことん人がいいようだ。長く生きているとこんなもんなのだろうか。
ナナもあんずもメイドさんも尊敬の眼差しで勇者大吾を見ている。
「色々教えてもらう前にですね、あの・・・その・・何というか・・・」
「ふむ、そういう事か。そこのメイドは儂が一番信頼しているメイドじゃ、安心していい。他には人払いしてあるから近くにいない。」
「了解です。ではこの世界、俺や大吾さんにとっては異世界ですが、元の世界で語られているような剣と魔法の世界なんですか?」
「基本的にはそうじゃ。一部発達した技術があったりするが元の世界より科学力は劣る。」
「大吾さんは西暦何年から来たのですか?」
「2016年じゃ。」
「俺が2017年なのでほとんど元の世界の知識に差はないという事ですね。でも俺より55年も前に転移したんですね。」
「どの時代に転移するか人によってバラバラのようじゃ。」
「大吾さんは勇者召喚で転移してきたんですよね?」
「そうじゃ、学校帰りに突然魔方陣が現れてピカッと光ったら目の前に女神がいたんじゃ。その女神が・・」
「ちょっ、待ってください!魔方陣?女神?何ですかそれ?俺も勇者召喚とログに表示されましたがそんなのありませんでしたよ!」
「何?そんなはずはない、どんな方法にしろ異世界転移する時は必ず女神に会って能力を授かったり、今後の話をしてこの世界に来るはずじゃ。女神もそう言っておった。」
「いや確かに俺は会ってませんよ。魔方陣もなかったです。玄関の扉開けたらジェントル荒野でした。」
「ふむ、おぬしが転移してきたのは一週間ほど前じゃったな?もしかしたら最近の魔気の乱れが関係しているのかもしれぬ。」
「強いモンスターが現れる現象がですか?」
「確証はないがな。これ以上考えても分からんから話を戻すかのう。どこまで話したかな?」
「女神が現れて、というところまでです。」
「そうじゃ、女神が現れて固有技能を授かり、勇者よ世界を救えみたいな事を言われて転移したのじゃ。」
俺と勇者大吾では、いや俺とそれ以外の転移者では何か違うようだ。原因をはっきりさせたいところだが勇者大吾でも分からないようだ。
「大吾さんは世界を救ったんですか?」
「儂が転移した当時魔王が世界征服しようとしていてな。仲間を集め、レベルを上げ数年かけて何とか倒す事に成功したんじゃ。」
「魔王って本当にいるんですね、流石異世界。」
「儂が倒してから今の所復活はしていないがのう。」
「復活ってするんですか?」
「正確には復活ではなく新たに魔王が生まれるんじゃよ。魔王軍の残党も何処かに残ってるという話も聞く。」
「では魔王の復活が近いから俺が呼ばれたんでしょうか?」
「分からん、女神に会ってない以上何とも言えん。」
やはり答えが出ない。俺はなぜ異世界に転移したのだろうか?
とにかく他にも色々と話を聞きたい。話題を変えることにした。
「話を変えましょう。大吾さんは他の転移者と会ったことはあるんですか?」
「あるぞ、割と大勢な。こちらの世界に来る人は大きく分けて3種類じゃ。1つ目は儂のような勇者召喚による転移者、2つ目は何かのきっかけで偶然こちらに来た転移者、3つ目は何かのきっかけで偶然こちらに生まれた転生者じゃ。」
「転生者もいるんですね。」
「転移と転生の違いは、転移者が元の世界の状態と同じままこちらの世界に来るのに対し、転生者はこの世界の何処かで赤ん坊から始まるのじゃ。共通している事は皆固有技能を複数持っている事じゃよ。種類は様々じゃがね。」
「俺が町で聞いた野菜を広めた人は知ってますか?」
「うむ、10年ほど前に偶然こちらに来た転移者の女性じゃった。歳は当時48で野菜の苗を育てて販売していたら突然苗の乗ったリヤカーと共に転移してしまったらしい。こちらの世界の野菜が美味しくないので一緒に転移した苗を育てて野菜を広めたという事じゃよ。」
「その方は今どうしてるんですか?」
「野菜が各地に広まり始めた頃、不幸にも不治の病にかかってな、2年程前に亡くなったのじゃ。」
「そうだったんですか。」
「儂が知る限り、転移者や転生者は年間2~3人はいるようじゃ。ただし、全員が普通に生き延びてる訳ではない。」
「どういう事ですか?」
「勇者召喚であれば召喚者の元に行くが、偶然の転移は何処に現れるか分からん。おぬしのようにうまく立ち回って歩む事ができる者ばかりではないという事じゃよ。彷徨って餓死する者、病気で死ぬ者、奴隷に落ちる者様々じゃ。転生者も必ず恵まれた環境に生まれるわけではない。劣悪な環境で生き延びれない者、奴隷として売られる者様々じゃ。いくら有能な固有技能を持っていてもこの世界に順応できなければ死ぬだけじゃ。」
どうやら俺が今こうして此処に居られるのは運がいいらしい。異世界やゲームに無知でログやステータス等に気付かなかったら確実に死んでいただろう。
「話が長くなったのでこれが最後の質問にします。元の世界に帰る方法は本当にないのでしょうか?」
「またそれか?ないのじゃよ。絶対に。」
「理由を聞いてもいいですか?」
「よかろう、それで諦めがつくなら。理由は2つ。1つ目は儂がこの世界に来て55年、大勢の転移者、転生者に会ったが1人も元の世界に戻れたという話を聞いていない。2つ目はこの世界に転移する時に会った女神が転移、転生は一方通行で戻れないと言っていたのじゃ。」
俺は絶望した。流石にこれを聞いたら元の世界の戻る方法が何かあるかもとはもう考える事ができない。
そうだよな、目の前にいる勇者大吾だって本当は帰りたいはずなのに55年もこの世界にいるんだ。俺はもう元の世界に帰る事は諦めるしかない、そう思った。
「大吾さんが俺に聞きたい事っていうのは何ですか?」
「それは飯を食べながら話す事にするかのう。」
「分かりました。」
俺達は勇者大吾と共に食堂へ移動した。
それにしても相当広い屋敷だな。1人で移動したら迷子になりそうだ。
食堂へ通されると先程とは違うメイドさんに席に案内された。
夕食は意外にも、いや勇者大吾らしいと言うべきか和風な感じだった。
白いご飯、焼き魚、スープに漬物が並んだ。質素な感じだが妙に懐かしくなり、それらを口にすると涙が溢れそうになった。
ナナとあんずが心配そうにこちらを見る。
「亮助様、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、ちょっと元の世界が懐かしくなって。」
「ふぉっふぉっふぉっ、やっぱ和食はいいもんじゃろ?」
「ええ、最高です。」
「本当は味噌や醤油も欲しいんじゃが、大豆があっても作り方を知っている者がおらんのじゃ。」
「そうなんですか?じゃあこの先作り方が分かったら真っ先に大吾さんに知らせますよ。」
「楽しみにしてるぞ。」
楽しい会話と【平常心】のおかげでだいぶ気が楽になった。勇者大吾はこういう状況になると分かってて和食を用意させたんじゃないかと思う。
俺は勇者大吾と話を続ける。
「それで大吾さんが俺に聞きたい事ってのは?」
「先程の話に出たがおぬしの転移の仕方についてと最近の魔気の乱れの関係についてじゃ。」
「やはり俺の転移と魔気の乱れが関係あるというんですか!?」
「ハッキリとした事は分からん。ただ転移の時期と魔気が乱れ始めた時期が同じ事と、女神に会っていない突然の勇者召喚による転移、何かきな臭いのじゃよ。」
「何か調べる方法とかはないんですか?」
「この町に神殿があるのは知っているじゃろ?」
「ええ、転職や病気・怪我の治療したりする場所ですよね?」
「うむ、じゃが他にもあって神のお告げ、つまり神託というのがあるんじゃ。」
「それで神様に俺の転移と魔気の乱れについて聞くんですか?」
「神託で神との会話などできん。儂はその神託を出しているのが転移する時に会った女神でないかと考えておる。」
「それって次の神託で俺の転移と魔気の乱れについて何かしらお告げがあるんじゃないかという事ですか?」
「その通りじゃ!」
「それっていつですか?」
「偶然にも明日、この町の神殿に神託が届く。」
「本当ですか!?」
「神託は同じ周期で世界各地の神殿へ順番に届くんじゃよ。今回は明日、この町じゃ。」
「神託というのはお告げだけですかね?」
「お告げのみという場合もあるし、アイテムを授かる時もあるそうじゃ。儂はまだその場に立ち会った事はないが。」
「分かりました。とにかく明日が勝負ですね。」
「そういう事じゃ。」
俺達は食事を終えると、今日の宿を聞かれたので商業区へ戻って宿を取るつもりだと答えた。すると、泊まってけと半ば強引に引き留められた。
メイドさんに客用の寝室に案内された。本当に広いなこの屋敷。
この屋敷にメイドは何人いるのか聞いたら10人と言っていた。まだ全員見てないが人族や亜人等色々らしい。
勇者大吾のおかげで充実した生活ができてるそうだ。
部屋の前でメイドさんに礼を言って中に入った。
風呂の準備ができたら後で呼びに来るそうだ。それまで一休みする事とする。
さすが勇者、家にお風呂があるなんて。




