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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

後は悲しい青に溺れて

作者: 安吾

今までに無い要素をふんだんに取り込んだ

意欲作です

特に運動終わりの女の子の汗の臭い。

あれは、たまらなく興奮する。

首筋のまだ柔らかなキメの細かい肌に、特有の甘くて

優しい、そして悪意のない素朴で清純な汗がしっとりと流れる瞬間

私は世界で一番高揚しているという

自負がある。


私は所謂レズビアンであり俗に言うロリコン

であった。


私がその性癖を自覚したのは、

小学5年生の時、

それまで私は、色恋沙汰に疎く

人に対して恋愛感情を抱いたことが

全くなかった。

当時、親しい友人にひつこく問い詰められたことが

幾度かあったが、私がそれらに対して

全く興味を示さない事を察するに

二度と私に異性の話を持ち出す事は無かった。



それは、とある水泳の授業で

その日は最高気温が三十度を超える

7月の猛暑、児童達は嬉々として

プールに飛び込んだ、私と明子ちゃんも

無邪気にはしゃいで、楽しくその一時間

を小学生の在るべき形として消費していた。

先生が終わりのホイッスルを吹いて

私達はプールから素直に上がる。

それでもまだプール内で、じゃれあっている男子達の賑やかな笑い声や、

それを制する先生の怒号、

プール横の中庭から聞こえる蝉時雨で

あたりが並々ならぬ喧騒を醸しだしていたせいだろうか、私達もいつも以上に舞い上がって

しまって、更衣室までの徒競走が

始まった。

始まった途端に明子ちゃんは

勢いよく転んだ。


プールサイド、特に公立の小中学校のプール内のコンクリートは

憎しみを抱いた鬼の形相を彷彿とさせるような

ざらつきである事は日本国民ならば

万人に周知されているありていな事実で

それは当時の私たちも先生達から重々注意を

促されていた事ではあるが、如何せん小学生とは

おうおうにして人の話を聞こうとしない。


そして10歳ばかりの女の子がそんな中世の拷問器具の

ような、いかつい地面で

相当な勢いを持って転んだのだから被害の程度は

容易に想像できる。


右の膝小僧の皮がちょうど標準的な大きさの

ハムスターくらいに

めくれ上がり、転んだ時に手から地面についた

事も相まって手のひらや肘、両足のスネからも

だらだらと赤い血が流れて

プールサイド水たまりにそれらが混じると

凄惨な殺人現場を見ているようだと小学生ながらに

思った。


明子ちゃんは半べそ、と言うよりも8分べそくらい

かいていて、それにつられて私も泣き出しそうな

心持ちになった。


とっさに先生が駆けつけれくれたのが

不幸中の幸いで、180センチ程度のしっかりとした

体躯の(確か山本先生)担任の先生が

さっと明子ちゃんを背負って保健室まで

連れて行くと言う、そして私も一緒に

ついて来て欲しいと言われたが正直

私を連れ立ったところでどうなるんだろう、とは思った。


保健室につくと先に電話で

事情を聴いていたのであろう保健の先生が

女性にしては、いささか大きすぎるくらいの

太い腕で明子ちゃんを抱き受けて

黒のベンチソファに寝かしつけ

手際よく消毒してガーゼや包帯をあてがっている。


山本先生の方をふと見上げると

その白いポロシャツは赤い染みが

至る所にじんわりと広がっていて、あまりの

惨憺たる様に私は目を瞬時にそらしてしまう。


その首の振り向きがあまりにも大袈裟で

大胆だったのか先生は少しだけ声にだして

笑うと私の頭をゆっくりとなだめるように

なでてくれた。

そして、先生は着替えて教室に戻るから

明子ちゃんを教室まで連れてきて欲しいと

優しい声で囁くように言って、さっと

保健室を後にした。

その時私はここまで付き添わされた理由に

納得がいった。


それから15分くらいたって

明子ちゃんの手当がきちんと終わり

本人が十分に落ち着いたところで私は彼女の

体を支えながら次こそはと言わんばかりに

重い足取りで更衣室に向う。


当然の事ながら私は怪我を負った明子ちゃんの

着替えを手伝うわけなのだが

今になって思うとそれが私のアイデンティティが

覚醒した瞬間だった。

彼女は始め一人で着替える事が出来ると

食い気味に私の助けを拒んだのだが

どうにも顔をしかめながら懸命に着替えようと

している姿に耐えられなくなって

私は半ば強引に彼女のスクール水着を

脱がせることにした。

強引にとはいったが水着を脱がせることには

滞りなく、傷に触れないよう繊細な

ビードロ職人のように一定のリズムを

保ちながらスムーズに行えた。


しかし両腕を通し終えたところで

私は捕まってしまった。

匂いに捕まってしまったのだ、あの悪意のない

純朴な匂いに。


プール特有の生々しい塩素の匂いと

彼女の髪から漂う甘くて親しみのあるシャンプーの

匂い、小学生女子そのものとも言える

柔肌に潜む微かな慈しみを孕んだ瑞々しい匂い

それらが一つの形、もしくは一つの意味に

なって私の鼻腔をくすぐり体中をめぐる。


私は今までに感じた事のない

熱いマグマが胃から胸に込み上げて

くるのがわかった。


もうどうしようもなかった。


次に自分の意識を感じた時には

明子ちゃんに抱きついていた。


そこからは自分を抑える事が

できなかった。 彼女には本当に悪い事をしたと

思っているし私自身も後悔している。



それから明子ちゃんとは一度も口を聞く事はなかった

そのうち私達は中学校も別々になって

どこの高校に進学したかなど、もちろん知る術は

ない。


けれども私達のあの出来事はお互いの形が

違うにしろ、ある種の意味をもった記憶として

今も残っていると思う。


私は28歳の今になっても

こんな事を考えてしまうのだから。


これまでの人生で私は幾人かの

ガールフレンドと交際をして

親密に交わり、もしくは混じわり

お互いを満たすことのできる概ね良好な関係性を築きあげることができた。

それでも特定のパートナーを

持つことはなくそれはある種私が貫いてきた

確固たる生活スタイルでもある。


26の時4年間勤めた証券会社を退職し

それまで貯めておいた、心もとなくは

あるが、ある程度形をもった貯金でやりくりをし

阿佐ヶ谷に3Lのマンションを借りて子供達にピアノを教えている。


そして毎朝

エスパニックを意識した風変わりなマリネ

をつくりオリジナルフレンドの癖のない

コーヒーを飲む。

昼頃には自宅近くのフィットネスクラブに通い

28歳にしては理想的過ぎるくらいのプロポーション

を保つために、整体師をしている友人に作ってもらったトレーニングメニューを

繰り返しインターバルする。

そこから汗をシャワーで流し

やはり昼過ぎからのピアノのレッスンに備える。

1日のレッスンを終えてしまうと

緑黄色野菜をベースにその日の気分で

一寸の狂いもない味付けで料理をつくる

そしてそれら1日の行程(行程と呼ぶのが一番

正しいのだと思う。)を終えてしまうと

ベットで白ワインを飲み読書をしながら

眠りにつく。(たいてい読んでいる本の趣向は三島や谷崎が大半を占めているのだとある日、本棚を整理している時に気が付いた。)


あまりに過不足のない、

いや寧ろ自分の意識に拘束され過ぎているような

生活だ。


それでも私は充足感を得ることが

できないでいた、やはり私は求めているのかもしれないあの時私を侵した強烈なマグマを

そして、いつかあの熱で私を焼き尽くして欲しいの

かもしれない。


確かに私はピアノ教室で子供達に

ピアノのレッスンをしてはいるが

美希ちゃんがいる時も菜々子ちゃんがいる時も

しっかりと自分を抑制することができている。(彼女たちは私の教え子たちの中でもかなり私のタイプだった。)

どうやら私はあの熱がない限りは気丈さを

保っていられるようだ。


だけれども状況とは現在の代名詞に過ぎない

それは幾たびも変わりゆくし

実際今までも変わり続けてきた。


そして今日は

葵ちゃんとの8回目のレッスンであった。


ヤマハのグランドピアノに

凛として向き合って座る少女は

10歳にしては目を見張るほどに

端正な顔付きで、それに見合った

品性と知性を感じずにはいられないほどに

落ち着きのある出で立ち、ではあるが

年相応の幼さも瞳の中に宿している。


葵ちゃんは今日もいつもと同じく

シンプルな水色のワンピースを、そのか細い

体躯で収まり良く着こなしていた。


この子が私の生徒になって

3か月、私は完全と言って良いほどに

葵ちゃんの虜になっている。


健康的で艶やかな長い黒髪、

まるで季節の変わり目に写り込んだ

ハーレーションのような精白な柔肌、

そして何と言っても彼女は匂いを持っていた

私を引き込むには十分過ぎるくらい

純真な匂い。


いつも通りに私はレッスンで使う

エーデルワイスの楽譜(葵ちゃんは教え手の私が

驚く程に上達が早かった)を整理しそれを

きちんと譜台に立て掛け彼女の隣に座るも

それが正常な状態と言えるのかどうかも

わからない程に動悸が早まっている。



一通りレッスンの流れを終えてしまうと

葵ちゃんはいつものようにリストの演奏を

ねだる。

彼女には一度リストのため息を披露したところ

リストの曲自体をとても気に入ったらしく

レッスンの度に私は彼女の願望に応えるように

鍵盤を叩いた。


愛の夢。

滑らかな音運び、

緩やかに流れる川のように一音一音が

沁み渡る。


部屋中に波紋が伝い、満たし

弾き終わった頃には私達は一つの森閑な場所に

住み付く鳥のような気持ちにさえなる。


そして私は淹れてあげたレモンティーを飲みながら

感傷に浸っている葵ちゃんの

憂う瞳を見て確信する。

私は彼女を愛しているのだ、

それはひどくどうしようもなく、

淀みのない善意にも似ている。


ピアノから立ち上がり

彼女を座らせておいた後ろのソファで

隣に腰掛ける。

私はゆっくりと左手を首から回し横から抱き締めた

葵ちゃんは一瞬驚いた顔をしたが

後は和らいだ落ち着いた表情に戻る。


匂いは私を逃してはくれない。


体が体温を上げ動悸が高鳴る

私は更に強く彼女を抱きしめる、と同時に

葵ちゃんは持っていたコップをそっと手放すように

落とした。


コップの酷く鋭く割れる音がしたかと思えば

やはり尖った破片が

葵ちゃんの足首を傷付けていた。

美しい程に真っ直ぐひとすじの傷が入り

当然のようにたらりと血が流れる。


もう抑えが効かなかった

虚構の崩壊と言っていいのかもしれない、

けれどあの時とは違う、明子ちゃんの時とは

明確に違ったものがあった。



青だこれは青の熱なのだ。

あの熱いマグマともまた違った意味を持つ。

私は真っ青なんだ青がただ私を犯し

狂おしているに違いない。


間違いなく意識的に私は

葵ちゃんを床に押し倒し一番尖ったグラスの破片を

力任せに握り彼女の喉元を切りつけた。

深く脈を断つように。


次に胸元、ワンピースを雑に破き、

未発達な乳房を思いっきり刺す。


息を切らしながら胸に刺さった破片を握った。


私は微笑みながら葵ちゃんの顔を見る、

葵ちゃんも私を見ながら微笑んでくれる。

違和感に気が付いたのはその時だった。


あたり一面は変質的な画家のアトリエの

ように真っ青だった。

首元からも胸からも青い血が勢いよく

流れ出て、溜まりができている。


私を支配しているもの。



私はもう一度葵ちゃんに微笑みかけた

彼女はもう生きる事を止めていた。


私はあの頃の先生みたいに

少し声に出して笑い葵ちゃんの頭を軽くなでて、

血溜まりの床に倒れ込んだ。




後は悲しい青に溺れて。
















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