灰色の恋
「会長さんたち、順調そう?」
兼光との会話を終えた春樹が中央管理室に戻ると、すぐに麻衣が小声で尋ねた。
達也を含めた数人が疲れて眠っているようだったので、春樹も声を潜める。
「ああ、皆元気にレベル上げをしてるらしい。明日の夕方には安全地帯を攻略すると言ってたよ」
「でも、ほんとに天羽君はこっちに居ていいのかな」
肩から垂れ下がる髪の束を無意識に整えながら麻衣がそう言うと、春樹は不思議そうな顔をして続く言葉を待っていた。
「だって、天羽くん強いから、作戦に参加すればきっと皆が喜ぶと思う」
「そうかな。あっちにも強い人がいっぱいいるから大丈夫さ」
安心させようと努めて柔らかい表情を作る春樹。
一方で麻衣は伏し目がちに続けた。
「でも、三島さん怪我してるんだよね? ポーション持って行ってあげたほうがいいんじゃないかな」
伏し目がちだったのはやましかったからだ。
麻衣は胸の内で「私はずるい」と呟く。
自分が朱音のことを心配しているのは確かであったが、その言葉には他意が多分に含まれていた。
本当は春樹がどれほど朱音のことを案じているのか、その想いの重さを測りたくてそう尋ねたのだ。
それがずるくて、やましかった。
「いや、大した怪我じゃないらしい。作戦に参加できるかは微妙だけど、元気にしてるみたいだよ。まあ、確かにポーションはあっちにあったほうがいいかもしれないけどね」
「そっかぁ、よかったぁ」
どうやら朱音を心配した春樹がここを飛び出す、というようなことはないらしい。
今自分は、そのことを「よかった」と言ったのだと気づいて、再び自分を嫌悪する麻衣。
それを誤魔化すように慌てて口を開く。
「でも、三島さんがやられちゃうなんて、相当強いモンスターがいるんだね」
「みたいだね。兼光先輩が朱音から聞いた話だと、安全地帯へ向かう山道で高レベルの魔物が20体近く出現したらしいよ」
「そんなに? 心配だね……」
「むしろこっちが心配されたよ。この浄水場も魔物がどんどん沸いて出るし、いつまでもつか……」
「私たちもどんどん強くなってるし、きっと大丈夫だよ。天羽君がいるしねっ」
「はは。鷹野さんの期待に応えられるように頑張るよ」
それからしばらく、麻衣と春樹は他愛もない会話を続けた。
その間、麻衣は春樹の一言一句を心に書き留めながら、相手に好い印象を与えるであろう言葉を慎重に選んで発した。
できれば春樹の方から接近してほしい。
自分から積極的に想いを伝えて恋仲になったとすれば、彼を朱音から奪ったような形になって気が滅入る。
そんな打算を誰かが耳元で囁いている。
でもそれは他でもない自分自身の醜い欲望で、知らなかった心の一面。
麻衣はそんな醜い一面を汚らわしくも、頼もしくも感じながら、彼との会話が途切れないようにと話し続けた。
しかして彼女は思う。
これまで異性と交際をした経験はわずかしかなかったが、それなりに恋をし、恋をされてきたつもりだった。
けれど、それらは全てうわついていて、ひどく理屈っぽくて、淡いピンク色をしていた。
本当の恋の色は灰色で、胸の内でこんなにも理不尽に、力強くのた打ち回るものなのだと。