初めてのレベリング①
その翌日。良く晴れた午前中のこと。
「くらえっ! よしっ、もらい!」
風町医院からそう遠くない寂れた田舎町に、雄々しい掛け声が響き渡っていた。
学生・社会人問わず、20名ほどが大喜多健吾と風町美砂の護衛のもと、「狩り」をしているのだ。
クラッカーの言う安全地帯を確保するために戦力増強を狙ってレベル上げに勤しむ彼らは、いくつかの班に分かれて行動していた。
転職計画の対象となっているのはレベル3以上5未満の志願者、およそ50名。
また、現在のレベルにかかわらず任意で誰でも参加できるとあって、レベル上げの参加者は合計で80名ほどになっていた。
それを5班に分け、各班にレベル5以上の者を2名ほど護衛につけて、比較的弱い魔物が多い郊外を狙って狩りをすることとなった。
「皆、結構活き活きしてるなぁ」
レベルが上がったことを無邪気に喜びあっている彼らを遠目に眺めながら健吾が呟くと、美砂は「そうね」とだけ言って退屈そうに欠伸をしていた。
「やった、レベル5に一番乗りですよ!」
ほっぺたに魔物の血をつけたまま、弾ける笑顔と共に美砂の元へと駆け寄ってきたのは宝木桜だった。
「あー、そういや、あんたって何気にレベル4だったわね。おめでとう」
エキドナ戦のことを思い出しながら、美砂がポンポンと頭を撫でてやると、桜はくすぐったそうに肩をすくめた。
「ところで、決まりました? 職業」
桜が問いかけると、美砂はIFを立ち上げて職業一覧を眺めながら「そうねえ」とため息を吐き出した。
既にレベル5に達していた美砂だったが、こういったことには意外にも優柔不断だった。
いや、内心では結論がでているのだが、どうにも踏み切れない理由があった。
(この『魔法少女』って職業なんなのよ。そそるわね……。でもこんなの選んだらきっと皆にディスられるわ……)
というわけだった。
元々彼女は可愛いものが好きだった。
付けまつげやネイルアートなど、自分自身を着飾ることが人並みに好きであったし、なにより中学時代にコスプレ衣装の作成・販売を生業としていた際、参考資料としてこの手のアニメを見ているうちに、いくらかの憧れを抱くようにもなっていた。
「美砂様はやっぱりこういうカッコいいのが好みですよね」
そういって美砂のIF画面を覗き込みながら桜が指さしたのは「双剣士」。
両手に持った二本の短刀による素早い連続攻撃を得意とし、豊富な回避スキルを持つ近接職だった。
包丁を片手に闘う美砂の姿を見てきた桜ならば、これは必然的に抱くイメージではあった。
そして美砂も自分がそういう目で見られているであろうことは熟知していた。
「そ、そうね、悪くないわ。でも、もう少し慎重に考えてみるわ。それより、大喜多先輩は決まったの?」
流れで「双剣士」にされてしまうことだけは避けたい美砂が、話題を逸らすべく健吾に話を振った。
「俺はさっき決めて、転職したよ」
「へえ、何にしたの? 大喜多くんっ!」
大喜多くん。
そういえば桜は健吾と同じ三年生だったなぁと思い出して、美砂は胸の内ではたと手を打った。
「ふふーん、聞きたい?」
「え、ああ、うん。参考までに……」
桜は面倒くさく思いながらも一応の興味を示した。
「色々悩んだんだけどさ、今回の作戦のことを考えると――――」
珍しくも真面目な調子で語り始めた健吾だったが、続く言葉は狩りをしていた仲間たちのどよめきによって遮られた。
三人が急いで皆の元へ駆けつけると、十を超える魔物が彼らをすっかり取り囲んでいた。
「うわっ、なんだこの数……」
「ゴブリン、なのか?」
そう呟く間にも、魔物は間口の広い旧家の塀を飛び越えて次々と現れた。
魔物たちは、一見するとゴブリンのようであったが、彼らの良く知るそれよりも一回り大きく、身に着けている服もいくらか丈夫そうなものに変わっていた。
「コボルト、討伐推奨レベル4です!」
皆が唖然とする中、宝木桜が魔物解析の結果を掻い摘んで伝える。
実際には魔物解析の画面にはこう書かれていた。
『コボルト 討伐推奨レベル4。ドイツの伝承、特にグリム童話に登場する妖精。姿や性格がゴブリンと似ており、同一視されることもあるが厳密には異種の魔物。金属元素としてのコバルトの語源。本作ではゴブリンの上位種として扱うこととする。Drop:コボルトハンマー・コボルトアックス/???』
なるほど、フードを目ぶかにかぶったコボルトたちが手に持っているのはゴブリンナイフではなく、錆びついたハンマーや手斧であった。
そしてそれらの武器のいくつかには、赤黒い血痕がべっとりと付着している。
「多分そこのでっかい家の人たちを襲って増えたんだろう」
健吾の予想は当たっている。
コボルトたちは昨晩この旧家で、外の様子を覗うべく門前まで出てきていた男を殺し、その血を摂取することで増殖した。
そしてそのまま建物内に押し入り、家族4人を惨殺、あるいは撲殺してさらにその数を増やしたのだった。
そう、ゴブリン同様、夜間になると殺した人間の生血をすすって繁殖する能力を、コボルトたちも持っていた。
「ひぃぃ。15匹はいますよ……」
桜が小さな肩を震わせる一方で、美砂と健吾は仲間の最前まで飛び出して、それぞれが包丁と金属バットを構える。
「みんな、無理せず後退してくれ。俺たちがなんとかするから!」
健吾が叫ぶと、皆が少しずつ後退して、二人の背後に回った。
コボルトはじりじりとその包囲網を縮めながら、突出している美砂と健吾をターゲットし始める。
「なんとかするっていっても数が多すぎるわ、どうすんのよ?」
美砂が冷たい汗を背筋に伝わらせながら問いかけると、健吾は神妙な面持ちで頬の端を釣り上げた。
「ふーっ。よし。俺が突っ込むから、サポート頼むよ」
「本気? まあいいわ。任せて」
健吾の表情からどうやら無謀というわけではなさそうだと察した美砂は、特に引き留めるでもなくすぐに息を合わせた。
間もなく、健吾はぐっと足に力を溜めてから跳びあがった。
「うぉぉおお! くらえー……っとなんだっけ。そうだ、アレだ!」
なにやら締まりのない掛け声と共に、コボルトの群れのど真ん中を目がけて力いっぱいに金属バットを振り下ろした健吾であったが、あっさりと避けられて空を斬ると、そのまま激しく地面を打ち鳴らしてしまった。
その隙を見逃すまいと一気に6、7匹のコボルトが彼の頭を粉砕すべく、飛び上がってハンマーを振りかぶっていた。
「そう、破砕撃」
健吾がそう付け加えた瞬間だった。
地面に打ち付けたバットの位置を中心として、碧く輝く円陣が出現する。
そこから荒々しい衝撃波が健吾だけを避けるようにして一気に噴き出した。
彼を狙って飛び上がっていたコボルトたちはその身を砕かれながら上空へと吹き飛ぶと、そのまま空中で黒煙となって消えてしまったのだった。
「へえ、すごいじゃない」
美砂は呆気にとられて硬直していたコボルトの一匹を、どさくさまぎれに斬り捨てながら呟く。
あっというまに約半数を失ったコボルトたちは、急に弱腰になってたじろぎ始めた。
「今だ、やっちまおうぜ!」
健吾の号令を合図に、他の仲間たちもここぞとばかりに走り出すと、手当たり次第に攻撃を開始する。
ぽけっとそれを眺めていた桜も、はっと我に返るとフライパンを片手に慌てて駆けだした。