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浄水場の魔物たち④

「我が身に宿れ、スプリガン」



 ショウジョウの鋭い爪は、麻衣の前に立ちふさがった春樹の両肩に食い込んでいた。


 食い込みはしていたが、スプリガンを宿した春樹の硬化した体を貫くことは叶わず、ダメージと呼べるほどの傷はついていない。


 春樹が交差していた両腕でそれぞれの爪を掴んで力任せに引き寄せると、ショウジョウたちはお互いの横っ面をぶつけて目を回してしまう。



「ガルム」



 続けざまに両の手にガルムを宿してそれぞれの首を掴み上げて握りつぶすと、頸動脈から侵入した毒が脳へと回り、ショウジョウたちは体をビクビクと痙攣させてから黒煙となって消えた。



「天羽君!」


「天羽!」



 麻衣と達也の表情がにわかに明るくなる。


 が、春樹は険しい表情のままで叫んだ。



「今なら敷地内の方が手薄だ! みんな正門を越えて建物の中に!」



 なるほど、二匹のショウジョウが春樹によって倒されたこのタイミングを逃す手はない。


 皆一斉に正門の格子に足をかけて飛び越え始める。


 年老いた者は若者たちが押し上げ、力を合わせて乗り越えていく。


 

「鷹野さん、狙えるかい?」



 春樹が上空を見上げながら問うと、麻衣は芯の通った声で「はい」と答えた。



「池本! そこの餓鬼、頼んだ!」


「おう、あとのガルム二匹は天羽な!」



 残ったのは餓鬼が一体にガルムが二頭。それと魔物の姿を形成しようとしている黒い渦が3つ。


 春樹はわずかながらに痛む両肩をさすったあとで構え直した。



「鷹野さん、俺たちが守るから、落ち着いて狙ってくれ」



 そう言って春樹がガルムと麻衣の間に割って入ると、麻衣は「うん、大丈夫、たぶんやれる」と意気込んで空へと矢先を向けた。





 斎藤康利はコントロールルームで春樹が戻ってくるのを今か今かと待ちわびていた。


 まだ彼が部屋をでてから数分しかたっていないことは分かっていながらも、眼前で消えようとしている若い命のことを思うと、焦りを押さえられずにいた。


 赤鬼との一件で失った部下のことが、どうにも頭を過ぎってならないのだ。


 これ以上若い命を散らせてなるものかと、力を込めて傷口を圧迫し続ける康利。


 にわかに、ついに、やっと、バタバタと廊下を賭ける足音が聞こえ始めると、康利はその場をもう一人の中年男性に託して扉の前にたち、取っ手を掴んだ。


 康利が扉を開けた瞬間、春樹と麻衣がコントロールルームの中へと飛び込んでくる。


 遅れて他の救助者たちがなだれ込み、最後に達也が中へと入ると、康利は扉を閉めて春樹の姿を目で追った。



「天羽君、はいこれ!」


「ありがとう、急がないと……」



 春樹は麻衣からポーションの瓶を受け取るや否や栓を抜きぬいて、怪我人の上着を脱がして傷口を露出させるようにと中年の職員に頼んだ。


 彼が若い職員のツナギの上半身をめくると、えぐられた傷口が、ぱっくりと口を広げていた。


 春樹はその痛々しさに一瞬眉をしかめてから、一滴一滴を無駄にしないように慎重にポーションを溢していった。





「―――ありがとう。本当に」



 春樹たちに命を救われた若い男は、すっかり傷の塞がった腹をさすりながら頭を下げた。



「いえ。間に合って良かったです」



 春樹が目を細めて微笑む。



「また助けられてしまったな、天羽君。―――ところで、君たちはどうしてこんなところに?」 



 康利が不思議そうに尋ねると、春樹は一昨日に商店街で別れてからこうして再会するまでの成り行きを話して聞かせた。



「―――なので、兼光先輩とお母さんも風町医院にいるはずです」


「そうか……この状況の中、妻と息子が無事な俺は相当運が良いらしい。安心したよ」



 康利はふうっと安堵のため息を吐き出す。



「皆さんも一緒に風町病院に避難しましょう」



 麻衣がそう提案したが、康利と二人の職員の男たちは難しそうな顔をして互いに見合った。



「そうしたいのは山々なんだがね。今ここを放棄するわけにはいかないんだ」



 康利がそういうと、職員たちも強い意志を宿した瞳を春樹たちに向けた。



「インフラが止まれば多くの人命に影響がでる。特に水道関係は止めるわけにはいかない」



 康利は赤鬼との一件のあと、警察署に戻って上からの支持を仰いだところ、インフラ施設を死守するようにと伝達があった。


 署に戻ることのできた警官たちは皆、自分のIDを署長に伝えてから各施設へと赴いていた。


 発電所のような特に重要な施設には自衛官が赴いているらしく、警察の担当は浄水場や下水処理場、国立病院と様々だった。


 こういった広域災害時の対策マニュアルのようなものがあったのだろうか、日本中の自衛官と警官が同様に行動し、各地で奮闘しているようだった。


 町から姿を消していた彼らがこうして陰で戦っていたことを知らずに不満を漏らしている市民は多かったが、この未曽有の大厄災の最中においては市民の一人一人を救助するのは確かに不可能であった。


 康利は命令に自ら進んで従い、市の外縁にあるインフラ施設であるこの浄水場まで、バイクで歩道を走りながらやってきたのだった。



「化け物たちはどういうわけか各インフラ施設に集中して出現しているらしくてね。全くもって厄介だよ」



 康利がため息を吐き出すと、中年男性が付け加える。



「あいつら、建物の中にも定期的に湧いて出やがるんだ。私たち3人でそれを何とか処理してはいるんだけどね。やっつけても数を増やしてまた湧きだすんだ」



 うんざりした様子で語るその中年男性は、どうやらここの所長らしい。


 彼の作業着はそこかしこが破れ、隙間から傷跡が覗いている。


 手の平にはマメがつぶれて出血した痕もあった。


 おそらく彼は施設の管理のみならず、戦闘も担っていたのだろう。



 改変が起こった当初、建物内にも魔物が出現したため、彼は他の職員を逃がして単身でこの場に残ろうとした。


 しかし、若い職員の一人が頑としてその提案を断り、同じく残った。


 自分たちは何万もの人々の命を背負っているのだという誇りが、そうさせていた。



「とはいえ、食料も尽きてきてね。なんとか調達に出れないかと窓の外の様子を覗っていたら、鳥の化け物と目が合ってしまって、あのザマさ」



 若い職員は脇腹をさすりながらそう言って、苦々しく自嘲した。



「なら、このままここにいたって、食い物がなくなって死ぬか、いつか魔物にやられるんじゃないスか。やっぱり一緒に風町医院に行った方がいいっスよ」



 達也が説得を試みるが、どうやら康利と二人の職員は覚悟を決めているようで、首を横に振るばかりだった。



「―――では、僕もここに残ります」



 春樹の突然の申し出に達也と麻衣はもちろん、他の救助者たちも騒めきたった。



「ダメだ。天羽君たちは風町病院に急いでくれ。なにより、まだそのデパートに仲間を残したままなんだろう? 早く戻ってあげなさい」



 康利は諭すような声色で真剣な眼差しを返した。


 しかし、なるほど春樹も頑固さでは負けてなさそうだった。



「デパートの仲間たちについては兼光先輩たちが何とかしてくれるはずです。誰かがクラッカーの言っていた安全地帯を確保できれば、皆さんもここにいる理由がなくなるはずですから、それまでお力添えをさせてください」


「いや、君にはもう色々と助けられてる。これ以上は――――」



 言いかけた康利の言葉に春樹がかぶせる。



「僕も大事な友人を、朱音を斎藤さんに助けてもらいました。それに、ここを去ったあとで斎藤さんたちにもしものことがあったら、兼光先輩に合わせる顔がありません」



 康利はどうすれば春樹が納得するだろうかと眉をしかめて唸っていたが、間もなくに達也と麻衣も同じく残ると言い出してしまう。


 となれば、他の救助者たちも風町医院へ移動することができなくなるのだが、ボロボロの体に鞭打って町の人々のために命をなげうとうとしている職員たちを放っておけるはずもなく、彼らは嫌な顔一つせずに賛同した。


 こうなっては康利も首を縦に振るしかなくなってしまった。



「すまない皆さん、よろしく頼むよ」

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