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天羽春樹の郡部遠征

 東組の天羽春樹と池本達也、鷹野麻衣の3人は、少々遠方の郡部まで足を延ばしていた。


 市内から東へ遠く離れたこの郡から通っている生徒が3名いたわけだが、彼らを送るために70名からの東組全員を大移動させるわけにもいかず、そのほとんどを昨晩泊まったデパートに残して少数でここまできたのだった。



「天羽君、池本君、鷹野さん。本当にありがとう、うちの家族は皆無事だったよ!!」



 無事に家族との再会を果たしたその生徒は、ここまで護衛してくれた春樹たちの手を取って、泣き出しそうな顔で拝んでいた。


 ここに来るまで数えきれないほどの無残な遺体を目の当たりにしてきた彼は、家族の無事を半ば諦めかけていただけに、喜びもひとしおだったようだ。



「よかったぁ。私も頑張った甲斐があったよ」



 麻衣は少し涙ぐみながら、嬉しそうに彼の手を握り返した。



「でもほんと、鷹野があんなにやるなんて思ってもみなかったぜ」



 達也はここまでの道中における麻衣の活躍を思い出しながらうんうんと頷く。


 朝の9時に出発して、現在が昼の1時。


 4時間をかけて慎重にここまで歩いて来た彼らの前には、幾度となく魔物が立ちふさがった。


 基本的には春樹が戦って殲滅していたが、複数の魔物が現れた時には春樹が取りこぼした魔物の魔手から、達也が生徒たちを守っていた。


 達也はナイアーラトテップからドロップした『断罪の剣』を所持していたため、低レベルな魔物相手であれば一人で問題なく処理することができていた。


 道中の中頃、春樹と達也の両名が疲弊し始めたころに、倒した魔物が弓矢をドロップしたため、弓道部の麻衣はこれで自分も戦闘に参加できると、周りの反対を押し切って前線に立つことを決めてしまう。 


 これがその後の春樹と達也の負担を大幅に軽減することとなった。


 低レベルの魔物であれば、二人が手を出すまでもなく、麻衣がそれを射抜いて見せた。


 敵が複数で現れたときには、春樹と達也のそれぞれが2匹程度を倒す間には、麻衣が1匹を仕留めていた。



「でも、やっぱり動く的に当てるのって難しい。それに、こっちも敵に合わせて動きながら撃たないといけないし。けっこう外しちゃうなあ」



 麻衣は、その手にもった金属製の簡素な洋弓を構えて弦を引きながらぼやいた。


 弓道の弓とは違って小ぶりで射程は短いが、動きやすくある程度の連射が効くため、麻衣は存外気に入っているようだった。


 動きながらの射撃に慣れていない麻衣は自身の命中精度を嘆いていたが、ノッカーのような小さな魔物に、3本放つ内の一本を当てるのだから大したものだと春樹が褒めると、彼女は頬を染めて嬉しげに照れて笑った。



 生徒とその家族を引き連れて、郡部から市内へと帰り道を急ぐ春樹たち。


 日が暮れるまでには一旦デパートに戻って東組を風町医院に送り届けなくてはならないため、あまり時間はなさそうだった。


 幸いなことに、行きに相当数の魔物を倒したため、同じ道を辿って帰れば戦闘はほとんど避けられそうだった。


 とはいえ、彼らを滅入らせるのは魔物ばかりではなかった。



 (多いな……)



 春樹が眉をしかめながら胸の内で呟く。


 来るときは魔物を警戒していたためあまり注意が向かなかったが、よくよく周囲を観察してみると、そこかしこにやはり遺体が転がっている。


 人口の約4割が死滅しているらしいのだから、当然といえばそうだった。


 腕が千切れているもの、脇腹の肉が食い破られてあばら骨が見えているもの、虫がたかっているもの、首から上が無いもの。


 それぞれ無慈悲に食い散らかされており、明日は我が身かもしれないと思うと、余計に気分が落ち込んでくる。


 いつしか誰もが、それらの遺体に対して感想を述べることはしなくなっていた。


 今となっては珍しいものでもないし、一つ一つに胸を痛めていては自分たちの心が持ちそうにない。


 死んだものより、生きているものを大切にしようと、彼らは黙って先を急ぐ。



「天羽、こっちの方が近道だし、行ってみないか?」



 達也が唐突に、視界の開けた脇道を指さして言う。



(なるほど。このまま行ってしまうと、アレがあるからか……)



 春樹には達也の意図がすぐに分かった。


 「アレ」とは、なんのことはない、見慣れたはずの遺骸の一つだ。


 ただ、それがひときわ無残に引き裂かれた幼い少年のものであるということを除けば、なんのことはない。


 このまま進めば、交差点のど真ん中で朽ち果てているその姿を、再び見なければならないことになる。


 救出したばかりの人たちは当然その存在を知らないわけであるから、できればこのまま知らないでいて欲しいという気持ちは春樹にもあった。


 春樹が振り返って、判断を仰ぐようにして麻衣を見つめると、彼女は黙って頷いた。


 遠目に魔物の姿がないことを確認したあとで、春樹は「そうしようか」と、目を細めながら声を上げた。



 達也が言うには、この細長い脇道を抜けてから土手を登れば国道に出る。そこから橋を渡れば間もなく市内に入ることができるらしい。


 田んぼを区切るように伸びるその脇道はおそらく、元は農道だったのだろう。


 突き当りの右手には白いコンクリートの塀で囲まれた工場のような施設が遠目に見えていたが、それ以外に視界を遮るものはほとんどない。



「ねえ、なんだかプールみたいな臭いがしない?」



 麻衣は、その筋の通った鼻先をすんすんと鳴らしながら、小首を傾げた。



「ああ。あの白いバカでかい建物は、浄水場なんだよ。川の水の消毒に塩素を使ってるんだろうな」



 達也が言うと、麻衣が「へえ、意外と物知りだね、池本君」と茶化した。



「あの施設が無事だから、まだ水道が使えているわけか。頑丈そうだし、魔物も簡単には侵入できないだろうな」



 春樹がそう付け足すと「ありがてえな」と言って達也は掌を合わせた。




 突き当りの土手が間近に見え始めた頃のことだ。


 春樹たちが浄水場ののっぺりとした塀に沿うようにして歩いていると、突然に何者かの悲鳴が耳に飛び込んできた。



「今のって……」


「施設の中からか!?」



 麻衣と達也は咄嗟にIFから武器を取り出して身を強張らせる。



「少し中の様子を見てくる。二人とも、皆の護衛を頼んだ」



 春樹がそう言って目くばせをすると、達也と麻衣は固唾を飲み込みながら頷いた。


 2mはあろうかという背の高い塀を軽々と飛び越して春樹が姿を消すと、二人は浄水場の正面玄関へと回り込むべく、生徒とその家族を連れて慎重に土手を上り始めた。

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