作戦会議
朱音が怪我をした理由の一部始終を聞き終えた美砂は、皆にこの経緯を伝えるべきだろうと思い立ち、まずは兼光にそれを話した。
兼光はすぐにそれを岩城正義をはじめとする社会人たちにも伝え、正義の提案で大規模な作戦会議を開くこととなった。
「東組がまだ到着していませんが、作戦会議を始めます」
3階にあるリハビリテーションルームに集まっていたのは、これまで主に戦闘を担当してきた者たちおよそ50名と、会議への任意参加者が50名前後、合わせて100名ほどだった。
高徳高校の生徒がそのほとんどを占めていたが、中には岩城正義や清水香をはじめとする複数名の社会人も混ざっているようだった。
100名が腰を掛けられるほどの机と椅子がなかったため、皆立ったままでの会議となった。
号令をかけているのは斎藤兼光。
兼光は「高校生の僕が仕切るのは気が引けるのですが」と岩城正義や他の大人たちに代弁を頼もうとしたが、正義は「学生たちで音頭をとってかまわない」と、あっさりと譲ってしまったのだった。
兼光がその理由を正義に問いただすと、「君たちの成長に繋がるだろうし」と、およそ彼らしくない返事ではぐらかされてしまった。
ともかく、壇上に上がることとなった兼光は、精一杯に声を張る。
「ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、うちの女生徒が安全地帯を直接見に行って、道中で怪我をして帰ってきました。その女生徒はぼくら高徳高校の生徒の中では一番強いと思われる人物です」
高徳高校の生徒の中では、とわざわざ付け加えたのは、もちろん正義に遠慮してのことだ。
また、最も強い高徳高校の生徒といえば、あるいは天羽春樹のことになるかもしれないが、このときの兼光は春樹の持つ特殊な能力については詳しい報告を受けていなかったし、具体的に誰が一番かということはこの際問題ではなかった。
相当の手練れが何者かに返り討ちにあったということが問題なのだ。
ちなみに、三島朱音の強さについてはつい先刻、風町美砂から詳しく聞き取り済みだった。
これから安全地帯に向かうにあたり、朱音がどれくらいに強いのかという情報は、敵の強さを計る上で大変重要になると考えたからだ。
美砂は、「あの子はとっくに人間辞めてるレベルよ」と、具体例を交えて意外にもすらすらと答えてくれた。
きっと、美砂にとっても朱音の敗北はにわかには信じがたく、受け入れ難いことだったのだろう。
「怪我をした女生徒の話では、台地の頂上まで登ろうとしたところ、道中の山道で複数体のモンスターに襲われたそうです」
そう、朱音はハイキング気分で鼻歌交じりに歩いていたところ、一合目を登った辺りで、突如出現した魔物の群れに囲まれた。
最初に現れたのは彼女が見たことのない、石斧を手に持った人型の魔物が4,5体程度。
朱音は当然のごとく応戦し、きわどいながらも無傷で勝利したわけだが、それも束の間、新たに現れた魔物たちが次々と、とめどなく彼女に襲い掛かった。
彼女が逃げることを決意したときには、魔物の数は20体を超えていたらしい。
その包囲網の一角を強行突破して帰ってきたわけだが、やはり無事ではすまなかった。
兼光はこの話を端折ることなく、皆に事細かに伝えた。
「プチデーモン三島がやられたって……やばくないか?」
「けど、2、30匹くらいならみんなでいけばなんとかならないかな」
「もうちょい皆のレベルを上げてからいくとか?」
「戦闘職ってやつに就いてからじゃないときついかもな」
「その前にまずは食料だろ。俺もうこの二日間、まともに飯くってないよ」
それぞれが意見を出し合い始めて、あっというまに室内が活気づいてくる。
本来は意気消沈する場面なのかもしれないが、ここに集まっている面々の約半数は多少なりとも戦闘の経験がある者たち。
数で負けていなければモンスターを倒すことはそれほど難しくないと分かり始めていた。
「あの台地がクラッカーの言う安全地帯で間違いなさそうですが、残念ながら簡単に到達させてくれる気はないようです。皆で協力しましょう」
兼光はそう言いながら、まだこの病院に到着していない東組を率いている天羽春樹と、会議の直前に通話した内容を思い出していた。
クラッカーは本当に安全地帯を人々に与える気があるのかという疑念について、春樹の意見を聞きたかったのだ。
春樹は「クラッカーは多分、嘘をついていません。うまく言えませんが、このゲームは本当に絶妙なバランスで作られていて、一方的な殺戮にならないように配慮されている節があります。おそらくあの男は、自分の作ったゲームに誇りや愛情のようなものを持っていると思います。そんな男が安全地帯に町を作れと言ったんです。きっとそれを実現できる何かがあそこにはあるんでしょう」と兼光に告げた。
もちろん、春樹の言うことが正しい保証はどこにもないが、現状を最も正確に理解しているであろう彼の意見は方針を決める上で必要不可欠だった。
そして兼光は安全地帯への進行を決断した。
(元々、選択肢なんてない。物流が止まり、インフラもいつまでもつか分からないこの状況では、僕らは数週間、あるいは数日で消耗しきって、全滅する。体力の残っているうちに突破するしかない)
兼光たちはまず、自分たちの戦力を確認しあった。
東組を除いて、風町医院に待機している人数はおよそ600名。
その内、レベル3以上の者が49名。
また、その中でも戦闘職に就くことが可能なレベル5に達しているのは、
斎藤兼光《剣客》Lv8 / 岩城正義《職業不明》Lv10 / 梶浦正明《戒縛師》Lv6 / 大喜多健吾《職業未定》Lv7 / ライアン・フラムスティード《騎士》Lv7 / 風町美砂《職業未定》Lv5 / 三島朱音《闘士》Lv7。
以上の7名に加えて、市民ホールで正義と一緒に避難者の救助に当たっていた社会人が3名ほど就職済みであった。
ちなみに、それぞれが風町医院へ集まる道中などで、わずかながらレベルを上げている。
話し合いの結果、現在のレベルが3か4の者をレベル5まで上げて、戦闘職に就職させてから攻略に向かおうということで決まった。
つまり、39名を新たに就職させる計画だ。
その39名の中には宝木桜や服部彰も含まれている。
もちろん、東組が合流すれば就職者の数はもう少し増えることになるだろう。
就職による『職業ボーナス』と『スキル』の恩恵は計り知れない。
これ抜きでは、朱音を敗走させた魔物の大群と対峙するのは難しいだろうという結論で満場一致した。