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恩師の過去と風町美砂の決意

 そのころ、風町医院5階の病室には風町美砂と兄の風町大智、そして父、風町修治の姿があった。


 意識を取り戻して間もない修治。


 一年間ずっと寝たきりだった彼の体は痩せ細ってはいたが、犯罪に巻き込まれた際に負った脳へのダメージは、美砂がルフスと戦う前に飲ませたポーションのおかげで回復していた。


 大智に頼んでベッドから上半身を起こしてもらうと、愛しい子供たちの顔をなつかしげにじっくりと眺める。



「―――長らく心配をかけたな」


「父さん、ごめん。僕の力じゃあ院内を上手くまとめられなかったよ。患者さんも随分減ってしまったし……」



 風町大智が悔しそうにそう言うと、修治は瞼を閉じてゆっくりと首を振った。



「仕方のないことだ。お前はまだ若い。辛かっただろうに、よく逃げ出さずに頑張ってくれた」



 大智はその一言でこの一年と数か月の辛苦がすべて報われたような気がして、溢れ出るものを止めることができなかった。


 修治は震える息子の腕にそっと手を当てて慈しみながら、今度は小さくなって項垂れている娘の方へと向き直る。



「母さんは無事か? 美砂」


「……父さんが二度と目覚めないことを知ってからは心を壊して、実家に戻っていたの。だから、安否は分からない……ごめんなさい」



 母が介護に疲れて県外の実家に帰ってしまったことを、美砂は自分のせいだと自責し続けていた。



「美砂。母さんのことはお前のせいじゃない。気に病むな」


「でも、父さんが倒れたのは私のせいで、だから母さんもいなくなってしまって……」


「こうして話せるのもまた、お前のおかげだ。胸を張りなさい。それに介護というものは、する側の方が辛いんだ。母さんを薄情だなんて、私は露程も思わない」


「胸を張るなんてできるわけがないわ。薬師寺先生が私をかばって亡くなったもの」


「そうか、薬師寺君はやはり亡くなったのか……私は化け物に操られながらだが、あのときの薬師寺君の姿をぼんやりと覚えているよ。相変わらず真っ直ぐで、相変わらず義理堅い」


「―――ねえ父さん、薬師寺先生って、どんな人だったの?」


「ああ、彼はね―――」



 それから修治は彼のことをポツポツと話し始めた。


 薬師寺は高校生の当時、地元では有名な高校球児で、プロになることが約束されていたらしい。


 高校野球を見るのが大好きだった修治は、出会う前からその地元の英雄の大ファンだった。


 けれど、薬師寺は高校3年生の最後の甲子園で脚に重傷を負い、プロ入りの話も消え失せてしまう。


 絶望のあまり、風町医院での療養中に薬師寺は病院を抜け出して、院の裏手の山中で自殺を図ってしまった。


 頸動脈を刃物で斬った薬師寺であったが、それを早期に発見したのは彼を探して奔走していた修治であった。


 すぐに院内に連れ戻して手術をし、その命を救った修治であったが、救ってしまったことに対する責任を果たすべく、その後も懸命に彼のメンタルケアを行った。



「お前がまだ小学校の低学年のころには、薬師寺君がよく一緒に遊んでくれたんだぞ。覚えてなかったか?」


「まさか……子供のころに、この病棟で遊んでくれていたお兄さんがいたわ。彼が?」


「ああ、そうだよ。この病室はお前と薬師寺君が初めて会った場所だ」


「なんてこと……」



 薬師寺が狂人に取り囲まれたとき、美砂は見捨てようかと悩んだが、頭の中によぎった何かの記憶がそれを拒んだ。


 あれはそういうことだったのかと得心する美砂。



「小さな子供と触れ合うことで、生きる希望を取り戻す人は多い。だから私がそうさせたんだよ。彼はお前に感謝していたよ。教師になることを決めたのも、お前がきっかけだった。子供たちの夢を支える側になりたいというのが彼の新しい願いだったんだよ」



 薬師寺が最後に自分のことを「大切な生徒」と言ったのは、そういう意味も含まれていたのだろうかと、彼女はようやく理解した。



「お前がバイトに明け暮れていたときも、私と母さんはそれを心配して薬師寺君に相談していたんだよ。どうか美砂のことをよろしく頼むと」



 修治が言うと、今度は大智が拳を握り締めながら割って入る。



「薬師寺君は俺の高校時代の先輩で、大スターだったんだ。父さんが倒れて、母さんがいなくなってからは、薬師寺君がいつもお前の様子を俺に教えてくれていたんだ。いつも真剣にお前のことを心配してくれていたのに、お前はいつも彼を煙たがっていたらしいな。終いにはお前のせいで薬師寺君は……!」



 大智は瞳を濡らしたままに、憤りを美砂へと吐き出した。



「よせ、大智」


「でも父さん……俺はこいつを許せないよ」


「薬師寺君はそんなことを望んでいない。このことで美砂を責めて心に一生の傷を作ることになれば、それは彼の死を無駄にすることになる。薬師寺君がどれだけ美砂を大切に思っていたのか、お前にも分かっているだろう」



 大智は返す言葉を失い、代わりに項垂れる美砂の方へと向き直る。



「美砂、薬師寺君は最後になんて言ってた?」


「……親にすべての恩を返した子供がいたら、それは世界一の親不孝者だ、って。私のことを大切だ、って。守れて良かった、って―――」



 美砂のその声は震えていた。


 本当は彼の最後の言葉をもっと伝えたかったが、これ以上口にすれば今にも泣き崩れてしまいそうで、躊躇われた。、


 

「そうか。それなら俺はもう何も言わない。美砂、薬師寺君の命と教えを無駄にするなよ」


「……うん。ごめん兄さん」


「もういい」

 


 しばらくの沈黙の後で、美砂は唇をぎゅっと結ぶと、意を決して顔を上げる。



「ねえ父さん。私ね、果たしたい責任があるの」


「ほぅ。なんだ?」


「このふざけたゲームをクリアすれば、もしかすると薬師寺先生は生き返るかもしれないの。バカバカしい話かもしれないけど、可能性はたぶん、そこそこあるわ。だから私―――」



 ゲームをクリアするために闘う。


 そう言いかけた美砂の言葉を、大智が遮る。



「お前は……! 本当に分かってるのか!? また無理をして父さんに心配をかけるつもりか!? いい加減に―――」



 このとき、大智は敢えて修治を引き合いにだしたが、本当は自分自身が美砂のことが心配でならなかった。


 それを察してか、修治が堪えるようにして笑い始めたために、今度は大智が続く言葉を失うことになった。



「あっはっは。大智、ちゃんと父親役もしててくれたんだな」


「ほとんど薬師寺君にまかせっきりだったよ!こいつは少しも俺の言うことを聞かないんだ」


「まあ、落ち着け大智。―――そうだな。美砂、好きにやってみなさい。それがお前の願いだというのなら」



 修治が言うと、大智はひどく驚いて思わずうわずった声をあげた。



「父さん、何を―――!?」


「あの化け物に頭の中を支配されていたおかげで、なんとなく現状を把握しているつもりだよ。この世界は作り物で、それが改変されて化け物だらけ。ゲームをクリアすればすべての願いが叶う。これは、どのみち誰かがやらなきゃならないことなんだろう? それに―――」



 修治がわずかに開いている病室のドアの方へと目をやると、二人もつられて振り返った。


 すると、ドアの陰で聞き耳を立てていた三島朱音と宝木桜が、罰が悪そうにおずおずと中へと入ってきた。



「お、お邪魔してごめんなさい。美砂ちゃんの友達の三島朱音です」


「宝木桜です。風町様―――じゃなくて、美砂さんにはいつもお世話になってます」



 修治が「美砂と仲良くしてくれてありがとう」と、弱った体の許す限りに頭を下げて見せると、二人も負けじと腰を折った。


 盗み聞きをされていたことに腹を立てた美砂が、二人の首根っこを掴んで説教を始めると、薄暗い病室はにわかに騒がしくなる。



「ごめんごめん。―――でも、美砂ちゃんがゲームクリアを目指すなら、私もやるよ!」


「私もです。みーんな生き返らせちゃいましょう!」



 朱音と桜が、ふっと真剣な顔に戻ってそう言うと、美砂は少し慌てながら「好きにしなさい」といってそっぽを向いた。



「どうやら、もう一人じゃないらしい」



 修治が大智の顔を見ながらそう言って目を細めると、調子の狂ってしまった大智は観念してため息をついた。

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