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信念の相違②

 兼光に有利な状況が、このとき初めて生まれた。


 体勢を立て直すべく後方へと跳ねる正義を、兼光が再び地面を蹴って追撃する。


 地を滑るするようにして正義に追いつくと、その胸元を目がけてでたらめな力で突きを繰り出す。


 正義は刹那に残ったナイフでそれを弾いて器用にいなしたが、かすっただけの肩からは少なからず、血飛沫が吹きだした。



「おお、こええな。当たったら死んじまうところだったぜ」



 無駄口を叩いている正義に、殺意を込めて次々と斬撃を放つ兼光。


 それらを全て捌きながら、正義は実に楽しそうに嗤った。



「いいねぇ。お前、ほんとにバージンかよ? 2、3人殺してるんじゃねえのか」


「僕は貴方とは違う!」



 兼光が声を荒げると、正義はなおさらに頬を緩める。



「いやだってよお、お前。全弾急所狙いとか、えげつなくないか。ほら今も。首とか、目とか、心臓とかよぉ。どんなに頭にきても普通は躊躇うもんだぜ。人を殺してねえってんなら、人を殺す練習でもしてたのか?」



 正義の言葉に、兼光は当然、思い当たる節があった。


 時代劇のような真剣での斬り合いにひどく憧れていた彼は、一人で練習する際には常に「どこを斬れば一撃で相手を制圧できるか」ばかりを考えていた。


 敵に囲まれた状況を精密にイメージし、想像上とはいえ、彼らと何度も斬り合った。


 人を斬り捨ててみたいという己の願望を野蛮だと自認するからこそ、設定上の敵は、斬り捨てられて当然の大罪人を思い浮かべていた。


 つまるところ兼光の心の奥底では、罪人など斬り捨てて構わないという、正義まさよしと同種の想いが潜んでいた。



 動揺のためか、兼光の猛攻がふと緩慢になったのを正義は見逃さなかった。


 甘い一振りをひらりとかわすと、木刀が下りきったタイミングに合わせてそれを踏みつけ、へし折ってしまった。


 そしてその反動を利用して飛び上がると、丸めた体を一気に伸ばして兼光の側頭部に蹴り込んだ。


 瞬刻、気を失っていた兼光がはっと我に返って体を起こそうとするが、すぐに踏みつけられて再び床につっぷす。


 吐き出す息は荒く、大の字に広げた両腕は、力をこめてみてもまるで自分のものではないかのように、一向に持ちあがりはしなかった。


 体力が底をつき、道着もろとも体がボロボロになっている兼光とは対照的に、正義は肩口からいくらか出血しているだけで、息ひとつ切らしてはいない。



「マジ切れしておいてボコられるとか、だせえなお前」



 正義がしゃがみ込んで苦痛にゆがむその顔をまじまじと観賞しながらそう言うと、兼光は眼球だけを動かして睨み返す。



「おお、こええ。そこに転がってる卑怯もんのことで怒ってるのか?」



 わずかに体を震わせながら力なく横たわっている梶浦の背中を眺めて、正義が言う。



「おいおい、あいつは背後からいきなり俺の頭をカチ割ろうとしたんだぜ? 殺されかけたのは俺のほうが先だろうが。俺がレイプマンたちに殺意を向けたことには文句を言うくせに、お友達が俺を殺そうとしたことについては知らんぷりどころか、逆ギレした挙句にこのザマだ。子供の勝手な理屈には付き合いきれねぇな」



 正義は呆れ果てたといった顔で、ナイフを宙に投げてはキャッチして弄んでいたが、やがてそれがぴたりと止まった。



「まーいいわ。―――お前、土下座しろ」



 これまでのからかうような調子とは異なる、免れ得ない殺意を込めて正義が言う。


 ナイフの先端は、兼光の首の側面に添えられていた。



「いいか、お前は今から床に両手を突いて、頭をこすり付けて、物乞いのように許しを乞え。そうすれば今日はこのくらいにしてやる。それ以外の動作をすれば即座に殺す。謝罪以外を口にしたときも、問答無用で殺す」



 ひょっとしなくても、正義は本気だろう。


 反抗すれば殺される。


 それは兼光にも十分に分かっていた。


 土下座一つで命が助かるというのならば、安いものなのかもしれない。


 しかし、まずいことに彼は斎藤兼光であった。



 両手を床に突きはしたものの、その胸に宿る信念が頭を下げることを断固として拒絶していた。


 死を目前に彼の体は本能的に震えるが、胸を焦がす怒りが、理屈を勝手に蹴り飛ばして正義に反抗することを選択する。


 死を覚悟した兼光は、両手を床から自分の両膝にもどすと、正義を一瞥してから姿勢を正し、大きく息を吐き出した。



「へえ。カッコいいなあ。死んでも信念は曲げれねえってか?」



 正義がため息交じりに腰を上げる。



「気に入ったよ。お前の矛盾っぷりも、馬鹿っぷりも。でもさよならだな。気に入ってるってことと、許すってことは俺の中じゃあ同義じゃない」


「……僕も同じです。あなたを許す気はない。でも僕ではあなたには勝てない。――――お手数ですが、介錯を」


「ブシドーだねえ」


「ただ、ひとつだけお願いがあります。これを、仲間の傷口に塗ってやってくれませんか?」



 兼光はIFを立ち上げてポーションミニの小瓶を取り出すと、正義に差し出した。


 大百足を倒した際に手に入れたものだった。 


 正義は少し眉をしかめたあとで、それを受け取る。



「まあ、それくらいはしてやるかな。でも、どのお仲間に使うんだ? レイプマンの方か?」


「意地悪をおっしゃらないでください。腹が裂けている仲間の方です」


「わーってるよ」


「感謝します」


「じゃあな」

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