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信念の相違①

 月明かりの下、所狭しと二つの影が跳ねまわる。


 一方的な攻勢を続けていたのは兼光の方であった。


 と言えば聞こえは良いが、現実には兼光は遊ばれている気持ちだった。


 必死に木刀を薙いでいる兼光に対し、正義はその全てをわざとのように紙一重でことごとく回避する。


 そして兼光の隙を見つけては、からかうような気のない斬撃で薄皮を刻んでくる。


 兼光の道着のそこかしこが裂かれ、裂け目の各々から血が滲んでいた。


 終いには木刀を振る前の腕を掴まれた挙句、腹に蹴り込まれて悶絶する。



「おいおい、頼むからこんなところで吐かないでくれよ?」



 一方の正義は汗の一粒も零さず、悠々と兼光を見下ろしていた。



(馬鹿げてる……レベル差か? いや、違う。この圧倒的な技術の差はなんだ……)



 兼光は何とか体を起こしながら必死に考えを巡らせる。



「もしかしてレベル差のせいだなんて思っているのかな? 僕はレベル9だよ。君はいくつだろうか」



 どうやら正義は自分よりもレベルが2つ上らしい。


 だが兼光は、この男の強さが身体能力に依存するものでないということは、戦い始めて間もなくに察していた。



「僕は7です」



 これほどなぶられながらも、なお律儀に返答するあたりが、兼光らしい。



「そうか、それじゃあ僕の方がいくらか有利、なのかな。それとも、僕はまだ職業ってやつに就いていないから不利なのかな」



 剣客という戦闘用の職業に就いている兼光は、ボーナスとして腕力や脚力が大きく向上しているが、一方の正義はそれ無しで戦っているらしい。


 それが本当であれば、条件は兼光の方が圧倒的に有利のはずだった。



「なんならこの腕輪も無しで構わないが、それは流石に君に失礼か」 



 左腕に巻かれているIFをとんとんと指で叩きながら正義が言う。


 正義がIFを外してレベル1の状態になろうが、楽に勝てるとは思えないほどの技量の差を痛感している兼光。


 それでも負ける訳にはいかないと体に言い聞かせて構えなおす。


 一方の正義は気負うことも構えることもなく、無警戒に兼光の間合いに入ってしまう。


 ならばと正義の腹をめがけて最短距離で木刀の切っ先を突きを出す。


 それを見透かしていたかのように正義は半身になって躱すと一気に兼光の懐へと潜り込んだ。


 兼光はぞっとして爆ぜるように飛び退くが、はだけた胸元にまた新しい傷が増えていることに気が付いて苦痛に顔をゆがめた。



「君は真っすぐで分かりやすいねぇ。ほら、頑張らないとお友達は助からないよ?」



 この頃から兼光の信念を恐怖が浸食し始めていた。


 攻撃をすればするほど、自分の体に傷が増え、痛みが走る。


 斬られた皮膚が火傷のように熱を帯びていて、流れ出る血が体を伝っていくごとに、死の予感が現実味を帯びていく。



「おいおい。まさか、震えているのかい?」



 気持ちとは裏腹に、兼光の体が警告を発していた。


 この男と戦うべきではないと。


 それでも勇気を振り絞って木刀を振るが、やはり空を斬ってしまう。


 姿勢を低くしていた正義が、上体を戻すと同時に兼光の喉笛目がけて右のナイフを振り上げた。


 兼光は咄嗟に身を逸らしてそれを避けるが、今度は左手のナイフがその脇腹へと向かって突き立てられようとしていた。


 それもなんとか木刀の柄で弾いたが、次々と襲い掛かる刃を避けることで精一杯になってしまっていた。



「なぁお前、殺る気あんのか?」



 弄ぶようにナイフを振りながら正義が問いかける。



「テメーには殺意がない。殺意がないってのは、覚悟がねえのと同じなんだよ。そんなんで守れるものなんざたかが知れてんだよ」



 正義は兼光を適当に蹴り飛ばして地面に転がすと、車に轢かれたカエルでも見るような嫌悪を含んだ眼差しで見下ろした。


 兼光にも分かりかけていた。


 正義の攻撃は放つ瞬間に明確な殺意が含まれていて、それに気圧されて己の体と気持ちが縮こまってしまっている。


 それに比べて自分は剣道の試合でもやっているつもりで、相手を傷つけることなくことを終えようと考えている。


 相手になんのプレッシャーも与えることができていないのだろうと。


 もっとも、覚悟の違いというだけではこの力の差は説明できず、正義が戦闘に関して非凡な才覚を持っているであろうことは疑うまでもなかった。



「ちったあ芯の通ってるやつかと思ったが、そんなにビビられたんじゃあ興醒めだわ。―――もうやめにしとくか。テメーの負けだ」


「……それでも、負けるわけには……いかないんです」


「もう終わりだっつってんだろ。俺がその気だったらテメーは途中で何回死んでると思ってんだよ」


「でもこうして、まだ生きています。まだやれます」



 正義の表情がなおさら不機嫌なものへと変わる。



「あのレイプ魔のガキどものために、命を捨てる気か?」


「……彼らが罪を犯したとしても、殺して良い理由にはなりません。だから、させません」


「平和ボケもそこまでいくと芸術だな……いっぺん死ななきゃ治らねえなこりゃ」



 正義は、体力を使い切り、ろくに構えることもできなくなっている兼光の木刀を容易く押しのけ、軸足を蹴り飛ばして転倒させると、すかさず仰向けた彼の腹に馬乗りになる。



「元々喧嘩を吹っ掛けてきたのはテメーの方だ。文句はねえだろうな」



 首筋にあてがわれたナイフの切っ先は、的確に動脈の位置を指していた。


 いよいよそれが肌に食い込み始めたそのとき、正義は背後に何者かの気配を感じて咄嗟に飛び退いた。



「あんた、部長に何をしようとしていた!」



 梶浦は空を斬った木刀を正義に向かって構え直すと、声を荒げて睨みつける。



「か、梶浦か。すまない」



 兼光は木刀を杖代わりにしながらなんとか立ち上がる。



「けど、逃げろ。その人は僕らが太刀打ちできる相手じゃない。殺される……」



 水を差されたことで正義の目の色が変わったことを認めて、兼光は声を振り絞った。



「馬鹿なこと言わないでください。何があったか知りませんけど、放ってお――――」



 梶浦は続く言葉が突然に、物理的に発せられなくなったことに驚いて、自分の体をまじまじと見つめ直した。


 見れば、みぞおちの辺りに白刃が、その根本まで突き刺さっていた。


 それにやっと気づいた梶浦はゆっくりと膝を折った。


 正義は、なんの空気を読むこともなく、彼らのやり取りの真っ最中にナイフを投げて突き刺したのだった。



「人の頭に木刀振り下ろしておいて、何をのんきにくっちゃべってるんだよテメーは」



 正義は梶浦にゆっくりと近づくと、ナイフを乱暴に引き抜き、裂け目の覗くその腹を蹴り飛ばした。


 梶浦は悲鳴を上げることもできず、零れる血液を掌で堰き止めながら体を丸める。



「か……梶浦?」



 あまりにも突然の出来事に兼光の頭の中が真っ白になっていく。



「ふざけやがって卑怯もんが。―――とんだ邪魔がはいったな。さあ、次はお前だよお前」



 梶浦のことなど気に留める様子もなく、兼光の方へと向き直る正義。


 正義が血の滴るナイフを一振りすると、壁面に赤い斑点が一直線に並ぶ。



「―――ない」


「あ? はっきり喋れや」


「ゆるさない!!」



 兼光は言うや否や、瞬く間に距離を詰めると、正義の首筋目がけて斬りかかる。


 正義は身をよじってナイフで受け流そうとしたが、逆に弾かれてしまったナイフの一つがくるくると空を舞って、そのまま階下に落ちていく。

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