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正義の在り処⑦

 正義が廊下にでると、真面目に見張りをしていたらしい二人が訝って近づいてくる。



「どうした、やけに早いじゃねえか。何かあったのか?」


「もしかしてこのおっさん、相当『早い』んじゃないっスかね」



 子分がそう言ってにやけると、若松も大いに嗤って正義の肩を叩いた。


 正義は何を言い返すでもなく、二歩三歩と距離を取ってから二人の正面に向き直る。



「格下相手への不意打ちは嫌いだから、最初に言っておくよ。僕は今から君たち二人に大怪我を負わせるか、あるいは―――命を奪うつもりだ」 



 しつこく嗤っていた二人だったが、正義の放った言葉がやっと頭に入ってきたらしく、口角を下げた。



「どういうことだテメェ……」


「どうもこうもないよ。君たちが犯した罪に対して、僕が代わりに罰を与えてあげるって話さ。いいからかかっておいでよ。でなければ僕の方からいくよ」


「ふざけてんじゃねえぞ!!」



 若松は仮にも幼少のころから柔道を続けてきた全国屈指の選手であった。


 その彼が本気で正義のワイシャツの襟を掴む。


 だがすぐにこうべを垂れることにことになったのは若松の方。


 正義が若松の髪の毛を鷲掴みにして力任せに引き下げたのだ。



「柔道ねぇ。嫌いじゃないけど、本気で相手を制圧したいなら、こうして髪か耳を掴むことをお勧めしておくよ」



 言うと同時にもう片方の手で若松の耳を掴んだ正義は、草でもむしるかのような気安さでそれを引きちぎってしまう。


 場が一瞬で凍りつき、若松は無くなってしまったその部分を押さえてうずくまり、絶叫する。


 しかし正義はその悲鳴すらも許さず、彼の口の中へと革靴のつま先で蹴り込んでしまう。



「深夜にギャーギャーうるせえんだよ、ゴミガキが」



 耳から口からと血が噴き出している若松に構うことなく、頭を何度も踏みつけにして床を舐めさせ、満足すると再び髪の毛を引っ張りあげて無理やり起立させる。


 若松は折れた歯が喉の奥に入るのを嫌がってせきこんでいた。


 

「おいレイプマン、なんか感想言ってみろや」


「す、すみません、でした……許して……ください」


「あ? あれほどのことをしでかしてまだ許されると思ってんのかゴミガキ」



 戦意どころか、意識を失いそうな状況で許しを請う若松。


 そこへやっと、子分が割って入り、正義の脚にすがった。



「か、勘弁してください!! ……お、俺と若松先輩の親は、もう、死んでたんです。化け物に殺されてた……だからついヤケになっちまって……」



 彼は嘘を言っているわけではない。


 事実、若松の両親が経営していた商店は魔物の襲撃を受け、両親を含めたすべてのスタッフが惨たらしい遺体となって転がっていた。


 遺体の中には、そこで雇われていた子分の父親の姿もあった。



「俺たち、怖くなってしまって……いつかあんな風に化け物に食われるくらいなら、その前にせめて一度くらい、良い思いがしたかったんです……」


「へえ……面白いこと言うな。お前らの不幸な境遇と、清水さんが受けた苦痛に、何の関係性があンだ?」



 若松を釣り上げていた手を放すと、今度は子分の方へと向き直って凍てつくような視線を向ける正義。



「いや、だから、俺たちも被害者なんです……分かるでしょう?」


「でたよ、被害者面。お前ら犯罪者はいつもそうやってテメェの不幸な境遇アピりやがる。お前の境遇なんざ被害者にとっちゃあ知ったことじゃねえんだよ。……調子良いこといってんじゃねえぞ」


「ひっ……」



 正義に詰め寄られて気圧された子分は、とうとう若松を見捨てて駆け出してしまった。



「外は化け物がいっぱいだってのに、どこに逃げる気なんだかなあ。まあいい、あとで建物内をゆっくり探そう。それより―――」



 正義が傍にしゃがみこむと、尻餅をついたまま壁の際まで後ずさる若松。


  

「さてさて、どうやって殺すかなぁ」


「そ、そんな、殺すって……嘘ですよね?」


「嘘なもんかよ。お前らだって、清水さんに乱暴したあとで殺す気だったじゃねえか」


「それはアンタが言い出したことじゃ―――」


「試したんだよ。お前らが俺の提案をちゃんと断ってたら、キンタマ潰す程度で許してやるつもりだったんだけどよ。残念、お前らはアウトだ」


「そんな……」


「だからキンタマも潰すし、殺しもする」


「ふざけんな……俺たちを殺したらアンタだってただじゃ済まねえぞ……!」


「え、なんで?」


「なんでって……警察に捕まるだろ」


「忘れたのかよ。お前らの死体は外に捨てとくから、化け物が殺したことになるだろうよ。つか、この状況で警察が動けるかよ」


「……高徳高校の仲間が黙っちゃいねえぞ」


「テメーにそんな人望があるようには見えねぇけどなぁ。腰巾着も愛想をつかせて逃げちまってるじゃねえか」



 図星を突かれて若松は脂汗を滲ませた。


 高徳高校の生徒たちがこの一件を知れば、今度こそ追放されて化け物の餌になるのは若松に違いがない。


 もう彼には、正義に通用しそうなハッタリなど残ってはおらず、ただ黙るしかなかった。



「言いたいことは以上でいいか?」


「……」


「なら死ね」



 それからしばらく続いた絶叫を、室内にいた清水香は耳を塞ぐことなくじっと聞いていた。


 その顔に微笑を浮かべて。

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