正義の在り処⑥
正義が室内に突入すると、二人の男が床から慌てて身を起こす。
一体その室内で何が起こっていたのか、それを把握するのは極めて容易い。
スーツのジャケットとブラウスを剥かれて、涙ながらに床で仰向けていたのは若い女性職員の清水香。
彼女のタイトスカートは太ももの付け根まで巻き上げられてしまっていたが、下着は脱げていないあたり、まだ事には及んでいないらしい。
彼女を襲っていた二人の男は揃って柔道着を着ていて、その顔にはまだあどけなさが残る。
この二人はこともあろうか、高徳高校の生徒であった。
学生の片一方の名は若松猛。
学校でパニックを引き起こし、多くの犠牲者を産み出すきっかけとなった、あの柔道部の主将である。
この男は兼光と同じ南組で、肩身を狭くしながらもこの市民ホールまで付いてきていた。
もう一人の男は、腰巾着の柔道部の2年生だった。
十数分前、若松とその子分は「B棟のシャワー室を使った際に忘れ物をしたので取りに行きたい」と清水に付き添いを頼み、渡り廊下のB棟のカギを開けさせてから力づくでこの小会議室まで連れ込み、犯行に及ぼうとしていたのだ。
清水は必死で抵抗したらしく、太ももや腕におびただしい擦り傷が見られた。
綺麗にまとめ上げられていたはずの髪の毛は解けて乱れ、頬には殴られたと見えるアザがあった。
「まずいんじゃないかなあ。これは」
正義がおどけた調子でそう言うと、若松は慌てて柔道着のズボンを引き上げてから帯を結びなおす。
「な、なに勘違いしてんだよ。俺たちは誘われたんだよ、この職員さんに。なあ?」
「そ、そうだよ。この人が相手してほしいって言ってきたんだ」
その無茶苦茶な言い訳に思わず鼻で嗤ってしまった正義。
「いやあ、悲鳴が聞こえたから来たんだよ僕は。それに彼女のあの怯え切った表情。一体誰が君たちの言い訳を信じるだろうね」
正義たちの視線の先で、清水は半身をやっと起こして、涙ながらに首を振る。
「そうかい、で、どうするってんだよ。もしこのことを誰かに喋るっていうなら、タダじゃあ済まさねぇぞ」
若松がそう脅しをかけながら歩み寄り、正義の胸倉を掴むと、子分も一緒になって精一杯に正義を睨んだ。
一方の正義は眉一つ動かすこともなく言う。
「そうおっかない顔をしないでくれよ。僕の言うとおりにしてくれるなら、誰にもしゃべらないけど、どうする?」
若松とその子分は顔を見合わせて眉を顰めてから向き直る。
「本当か……? どんな条件か言ってみろよ」
「いやなに、僕も混ぜてくれないかって話さ」
正義の意外なその言葉に、二人の表情が大いに緩んだ。
「なんだ、そういうことかよ、早くいってくれよ。じゃあ一緒に楽しもうじゃんか」
「ただ、僕は人に見られてると興奮できないタイプなんだよねぇ。ついでに軽く潔癖症でね、僕が最初でも問題ないかい? 二人は表で見張っててくれると助かるよ。終わったら見張りを代わるから。いいだろう?」
「ずるくねえかそれ?」
「じゃあ諦めるよ。このことは皆に言うしかないねぇ」
「チッ。分かったよ、早くしろよ」
「あ、それともう一つ」
「なんだよ、まだなんかあんのかよ」
若松が苛立ちながら正義を睨む。
「いやね、終わったあと、この女の口封じはどうするつもりだい?」
口封じ。
情欲のままに行動していた二人はその後のことに関してはぼんやりとしか考えていなかった。
相当脅して、殴って、恐怖を植え付けて黙らせる。
あるいは、お互いに口裏を合わせて強引にしらを切る。
その程度の発想しか持ち合わせていなかった。
黙り込んでしまった二人に、正義は思いもよらない提案をする。
「なんだ、何にも考えてなかったのか。……殺して夜のうちに外に投げておけば、化け物たちがやったことになるだろう」
その提案に二人はもちろん怖気づいたが、確かにそれがもっともバレにくい方法だと理解できてしまった。
「分かった……。アンタの言うとおりにしよう。それが一番だな」
その返答を聞いた正義は唇の端をわずかに釣り上げる。
一方の清水は恐ろしさのあまり、声にならない悲鳴を漏らしている。
「決まりだねえ。それじゃあ二人は部屋の外で見張っててくれ」
正義が促すと、二人は言われた通りに部屋から出て行った。
「さてと……」
正義が歩み寄ると、清水は壁際に張り付いて身を強張らせる。
「清水さん、申し訳ないが―――」
続く言葉に耳を塞いで泣き崩れる清水であったが、不意に体にかけられた自分のジャケットに驚いて、顔を上げた。
「いや、そのままでいいんだ。そのまま耳を塞いでてもらえるかな? 僕は今から彼らに少々きついお仕置きをしなければならない」
「え……あの……」
「助けに来るのが遅れて、すまなかったね」
正義はそれだけ伝えると、ワイシャツの袖をまくり上げながら、部屋を後にした。