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正義の在り処③

「それで服部。話があるんだろう?」



 服部と一緒に大会議室へと戻る途中で、兼光は突然に立ち止まって向き直る。




「ええ。会長。あの岩城って男に気を付けて下さい」


「どういうことだ? 気さくな人に思えたが」


「このホールの職員が女性独りなのは気づきましたか?」


「ああ、そのようだね。他の職員さんはどうしたんだろう」


「……死んだ、というか。殺されました」


「―――続けてくれ」



 いつも太々《ふてぶて》しく、何があってもポーカーフェイスを崩さない服部が、この時ばかりは少し怯えているように感じて、兼光は固唾をごくりと飲み込んだ。



「自分らがここへ駆け込んだときの話です―――」



 服部の話は世界改変直、つまり昨日の夕方へと遡った。






「急げ! 市民ホールに向かうんだ!」



 内向的な性格に似合わず、このときの服部はめずらしくも声を張り上げていた。


 餓鬼の群れに追われる生徒たちは、服部が手を振る方向へと死に物狂いで駆けていく。


 そのうちの一人が足を取られて転倒すると、あっというまに餓鬼がそれに群がって真っ赤な飛沫が辺りを汚した。



「振り返るな!!今は走るんだ!」



 服部は他の生徒たちを煽りながら懸命に走り、垣根を曲がってホールの入り口へと続く長いスロープに入った。


 しかし、そこでは先に到着したはずの生徒たちが青ざめながら、力任せに扉を揺らしていた。



「開けて下さい!お願いします!」



 まだ日は落ちていないというのに、どうやらホールの入り口には鍵がかけられているらしい。


 それだけではない。


 マジックミラーになっている大扉の向こうでは、何者かが扉を押さえて彼らを入れまいとしているのがうっすらと透けて見えた。



「こ、ここを開けるわけにはいかない……閉館だ……今日は閉館しているんだ」



 扉の向こうから聞こえてくるくぐもった声が彼らに死を宣告する。



「ふざけるな、開けろ! もうそこまで化け物がきているんだぞ!」



 服部は大いに取り乱し、力いっぱいに扉を蹴りながらそう叫ぶが、扉の向こうの声の主は取っ手に手をかけたまま、震えているだけだった。


 直後、背後から聞こえてきた生徒の悲鳴に、服部が素早く振り返る。


 スロープの入り口には既に6、7匹の餓鬼たちがいて、ぼんやりと生徒たちを眺めながら口元から涎を垂れ流している。


 魔物たちは鳴くでもなく、嗤うでもなく、まるで人が最高級の料理を目の前にしたときのように、有り難そうに彼らを見つめていた。



「こうなったらやるしか……」



 服部がそう覚悟を決めた時だった。


 何かが大扉の内側に激しくぶつかる音がした。


 そして、あれほど頑なに閉ざされていた扉が音も無く開き始める。



「やあ、大変だったね」



 扉から出てきたスーツ姿の男が生徒たちに優しく微笑みかける。



「あ、あ……」



 ようやく扉が開いたというのに生徒たちの体は蛇に睨まれたかのように動かない。


 悠々と魔物の前に進み出るその男の片手には、先ほどまで扉を押さえていたと思われる市民ホールの職員が襟を掴まれてぶら下がり、引きずられていたのだ。


 その禿げあがった広い額には深い裂傷があり、とめどなく血が溢れていた。


 額を何かにをひどく打ち付けたであろうことは明らかだった。



「ほらよっと」



 スーツの優男は魔物の目の前にどさりと職員を放り出すと、一歩二歩と下がって、血で汚れたその手をハンカチで悠々と拭った。


 朦朧としている職員の顔を、魔物たちが覗きこんでいた。



「ヒィ!? 化け物!!」



 職員の男はようやくここで意識がはっきりしたらしく、四つん這いになってホールの入口へ戻ろうするが、スーツの男に蹴り飛ばされて再び無様に地面を舐めた。



「な、何をする!!こんなことをしてただで―――」


「るっせぇんだよ!!ぶち殺すぞゴミが!」


 

 スーツの男、岩城正義いわきまさよしの表情と口ぶりが途端に豹変する。


 それに気圧されて、職員の男は続く言葉を失った。



「テメェがそこの学生さんたちにしようとしたことだろうがよ? 調子のいいこと言ってンじゃねえぞ」



 怒り心頭の正義は職員の胸倉をつかみ上げて殴りつけると、再び魔物の群れへと放り投げる。



「おら、テメェの力で切り抜けてみろや」



 とうとう取り囲まれて退路を断たれた職員は、頭を抱えて蹲ったまま「助けて、助けて」と念仏のように唱えていた。


 その姿を見た正義はつまらなそうに背を向け、服部たちに向き直る。



「ん、どうしたんだい君たち。さあさあ、早く中に入らないと―――」



 恐怖に身が強張っている服部たちの背中を押しながら、男はホールの中へと入っていく。



「彼らの食事の邪魔になるじゃないか」



 閉まりゆく扉の向こうでは、魔物たちの歓喜の宴が始まった。

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