正義の在り処②
兼光が第三会議室のドアを開けると、学生服を着た少年が席を立って歩み寄ってきた。
「会長!」
「無事だったのか、服部!」
兼光は実に嬉しそうに彼の肩を掴んだ。
「ええ。ほかにも何人か避難してきています。ご無事でなによりです」
服部がそういいながら指さす先には、世界改変の際に学校にいなかった高徳高校の生徒たちの姿があった。
彼らは兼光の姿を見るや否や、部屋を飛び出していった。
仲間が来たことを察して、大会議室へと会いにいったのだろう。
「ご無事でなによりなんて、君らしくもないな。僕がいないほうがいいんじゃなかったのかい?」
「まあ、流石にそこまで不謹慎じゃないっすよ」
彼の名前は服部彰。
高徳高校の二年生で、生徒会副会長を務める。
兼光の右腕として働く一方で、服部は常々『会長』の椅子を狙っており、そのことを公言していた。
兼光はその飾らない性格と野心を痛く気に入っていた。
何より、諸々の仕事をそつなくこなす彼の優秀さに、兼光は敬意を払っていた。
「他の生徒もきてるんスね」
「ああ―――」
兼光がこれまでの経緯を説明する間、服部は一言一句を聞き逃さないようにと、真剣な顔をしてそれを聞いていた。
「そうでしたか。大変でしたね。他の組もこのホールに来るんですか?」
「いや、北組は風町医院に泊まるそうだ。東組と西組はここへ向かうか悩んでいるらしい」
「そうですね。夜になってしまいましたし、今からこっちにくるのは厳しいですよね」
「夜は魔物が強くなって危険だから動かない方がいいと連絡するつもりさ。ところで、服部たちはどうやってここまで?」
兼光がそう尋ねたとき、脇でずっとその会話を聞いていたらしい例のスーツの男が「僕も混ぜてもらっていいかな?」と、声をかけた。
服部の表情はなぜか一瞬険しいものに変わったが、兼光はもちろん快諾した。
「自己紹介がまだだったね。僕は岩城正義。29才、しがない独身サラリーマンさ」
正義が自嘲気味に微笑むと、兼光も手短に自己紹介を返した。
「へえ。じゃあ生徒会長と副会長か。これは頼もしいね」
兼光が「いえ、若輩です」と謙遜する一方で、服部は相変わらずの仏頂面を維持している。
あるいは、正義のことを訝っているようにも見える。
「―――そんなことが」
兼光の表情は険しい。
服部の話によると、改変が起こった時に下校途中だった生徒たちは、そのほとんどが命を失ったと推測できる。
服部と他の数名はたまたまこのホールの側を歩いている最中であったため、ここへ飛び込んで命を拾ったが、彼が屋上から見渡した街の様子は地獄絵図だったようだ。
突如現れた魔物たちは人々を次々に襲い、殺し、喰らった。
「僕らでなんとかここへ駆け込む人たちの援護をしていたんだけどね。今日の夕方から現れた巨大ムカデをどうするか話し合っていたところだったのさ。手助けができなくてすまなかったね」
正義が申し訳なさそうにそういうと、兼光は「お気になさらず」と会釈をした。
正義が言うには、兼光たちの他には50名程度がここへ避難してきたそうだ。
そのうち、この第三会議室に待機している20名前後が市民ホールへ来る人々を救援すべく戦い続けていたらしく、彼らは皆、疲弊しきったようすで床に体を仰向けていた。
「一応、あのムカデは倒しましたが、手ごわかったです」
「おおっ、アレを倒したのかい? ますます心強いよ」
正義はたいそう感心して、何度も頷いて見せた。
「会長、そろそろ南組のところへ」
「ん?ああ、そうだね。岩城さん、今日はお疲れ様でした。もしお力になれそうなことがあれば、おっしゃってください」
しばらく正義と情報交換をしたあとで、服部に促されて兼光は第三会議室を後にする。
正義は「ああ、ありがとう」と言って、爽やかにそれを見送った。