正義の在り処①
「早く中へ!!」
市民ホールの職員と思われる若い女性が、入り口の鏡張りの大扉に手をかけてそう叫んだ。
「くっ、まだいたのか! 皆、走るんだ!!」
ぞろぞろと現れた餓鬼やガルムの群れに向き合いながら兼光が声を張り上げる。
梶浦や、腕に覚えのある他の生徒たちもこれを食い止めるべく人垣を作った。
しばらく小競り合いをしているうちに南組のほとんどがホールの中へと駆けこんだのを確認すると、兼光の合図を皮切りに戦闘要員の彼らもレベルの低い者から順に踵を返して走り出す。
「よし、僕たちもいくぞ!」
兼光は手近な餓鬼を斬り払いながらそう叫ぶと、梶浦に先行させてから駆けだした。
「ふぅ、なんとかなったね」
兼光は吹き抜けの天井を眺めながら、ほっと息を吐き出す。
他の多くの者たちも、くたびれたようすでだだっ広いエントランスホールの床に尻餅をついていた。
魔物たちは建物の入口まで彼らを追いかけてきていたが、兼光が最後に飛び込んで扉が閉まると、きょろきょろと辺りを見回してから解団してどこかへと消えていった。
市民ホールの間口は、扉も含めて全面がマジックミラーでできているため、どうやら魔物たちには彼らが突然に消えてしまったように見えたらしい。
「助かりました。皆を誘導してくださって、ありがとうございます」
南組をホールへ招き入れてくれたスーツ姿の若い女性職員に、兼光が姿勢を正してから礼を言う。
「いえ、驚きました。皆さんお強いんですね」
女性職員が弾んだ調子でえいと拳を突きだして見せるが、彼らはなんと返したら良いものか分からず、愛想笑いを浮かべていた。
「私はここの職員をさせていただいております、清水といいます。皆さんは高徳高校の生徒さんですよね」
「はい、お察しの通りです」
「高徳高校といえば、例の天羽君、がいる高校ですよね?」
「ええ、彼は今は別のところにいますが」
「あのときは私もびっくりしたんですよ、まさか地元の高校の名前が呼ばれるなんて」
「はは……」
天羽春樹がこの事態を引き起こしているクラッカーと呼ばれる男と話したときのことを言っているのだろう。
高揚したようすで楽しげに口を滑らす清水に対して、疲れ切っている南組の生徒たちの愛想笑いが、苦笑いに変わっていく。
「おーい!」
突然、吹き抜けの二階から彼らに向かって数人が手を振りながら声をかけた。
生徒たちはそれを見上げながらよくわからないまま、手を振り返してた。
「あの人たちは?」
兼光が清水に尋ねる。
「皆さんと同じく、ここへ避難してきた方々ですよ。二階の各会議室を使っていただいてます」
「なるほど」
「みなさんお疲れですよね。お話したいことやお聞きしたいことは多々ありますが、まずはお部屋へ案内しましょうか?」
「あ、いえ、僕らは大人数なので、ここでもかまいませんよ?」
兼光が遠慮気味にそういうと、清水が眼鏡の赤いフレームを指で押し上げてから首を振る。
「遠慮なさらず。そうですねえ、男性の方は大会議室、女性の方は第一会議室をご利用ください。両方とも2階にあります」
「ではお言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございます」
兼光が声を張って清水の厚意を伝えると、南組のそれぞれが重い腰を上げて2階へと移動し始めた。
「やあ、その制服は高徳高校かな?」
兼光が階段を上りきると、スーツパンツにブルーのカッターシャツを着た長身の男が声をかけてきた。
さきほど二階から手を振っていたうちの一人だろう。
そのシャツはそこかしこがほつれており、スーツパンツには刃物で切られたような裂け目が入っていた。
「ええ。なんとかここまで避難してきました。よろしくお願いします」
兼光が丁寧にお辞儀をする。
「お互い大変だったね。よかったら僕らの部屋で情報交換をしないかい?」
「願ってもないです」
「第三会議室にいるから、荷物を置いてからゆっくり来てくれてかまわないよ」
兼光が頷くと、男は一旦背を向けたあとで、思い出したように振り返った。
「そうそう、君の学校の子も何人かこっちにいるよ」
「本当ですか!? すぐに荷物を置いてきます!」
男はふっと目を細めると、その背中を見送った。