表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/111

南組 斎藤兼光・梶浦徹②

「ムカデは僕がひきつける! 梶浦、頼んだぞ!」



 兼光は言うや否や、大百足の胴を二、三発、力任せに叩いてから「僕が相手だ、そら、こっちにおいで」と煽った。


 それに腹がたったのか、ムカデは兼光目掛けて巨体を振り回す。


 兼光はガードレールを蹴って飛び上がってそれをやり過ごすと、着地に合わせて木刀を振り下ろした。


 すっかりムキになった大百足は、郵便ポストやらバス停の簡易ベンチやらを跳ね飛ばしながら兼光を追いかけていた。

 


戒縛かいばく術式 スタートアップ」



 梶浦が地面に手を突いて静かに呟くと、暗く光る幾何学的な模様が彼の手の平を中心としてアスファルトの上に広がり始める。



『シーケンス完了まで5秒。4、3、2、1.スタンバイ』



 彼の左腕のIFがカウントダウン終了と同時に輝き始める。


 

「発動 戒縛術 土蜘蛛」



 兼光を襲う大百足の背中を睨みつけながら梶浦がそう呟くと、大百足を取り囲むように、地面に光の輪がいくつも現れた。


 次の瞬間にはその輪の全てから飛び出した金色の光の帯が、大百足の体のあちこちに巻きつき、その巨体を地面に釘付けにしてしまった。



「よくやった、梶浦! あとは任せてくれ!」


「お願いします、兼光さん!」



 梶浦が息を飲みながら兼光を見つめる。


 全身を縛られてもなお、大百足は奇声を上げながらじわじわと兼光の方へ迫っていゆく。



 一方で兼光は静かに瞳を閉じると、全身の力を抜き去る。


 すると、彼の体中から沁みだすようにして深紅の煙が立ち上り、やがてそれが諸手に構えた木刀へと集まり始めた。



「乾坤一擲……」



 兼光が刀身を寝かせてその掌に力を込めると、木刀から立ち昇る光が一段と鋭さを増す。



「これで……終わりだ!!」



 目の前まで這いずってきていた大百足の腹に向かって、兼光がすれ違いざまに一閃を放つ。


 放たれた紅蓮の斬撃は円弧を描いて百足の胴を通り抜けた。



 しばらくの静寂のあと、大百足の腹から思い出したかのように黒血が吹きだした。



 (決まったな……)



 兼光は胸の内でそう呟いて、大百足の方へと振り返ることもなくゆっくりと姿勢を戻すと、木刀の柄を手元でくるりと回して剣道着の帯へとそれを指し込んだ。


 その直後だった。


 突然何かに頬を打たれて、兼光は地面を無様に転がった。



「兼光さん! まだ終わってないですよ!」



 梶浦の声に、若干涙目の兼光が体を起こしてそれを見る。


 大百足は、頭から1メートルほど下の辺りを兼光に斬られはしたが、それこそまだ首の皮一枚で繋がっていた。


 どうやら兼光の頬を打ったのはのた打ち回る百足の尾であったようだ。



「ふ、不意打ちとは卑怯じゃないか!」



 兼光は慌てて体を起こすと、腹いせとばかりに大百足の胴体を打ち始める。



「でもすげえ弱ってるぞ! みんな、やっちまおうぜ!」



 南組の生徒たちもここぞとばかりに集まってそれを叩いた。



「面!面!面!」



 若干の恨みを込めながら、兼光は気合いを入れて木刀を振り下ろすが、そのぎりぎり繋がっている薄皮一枚、甲殻一枚がなかなか千切れない。



「兼光さん、この場合は『胴』じゃないですかね」



 隣で同じく木刀を振っている梶浦が真顔で呟く。



「でも、振り下ろす動作の時は普通『面』じゃないかな? いや、でもそうか、叩いてるのは胴だし……」



 真剣に悩み始めてしまった兼光を見かねて梶浦が、「あ、じゃあ自分は『胴』でいきますんで、兼光さんは『面』で……」と提案すると、兼光は「それでいこう」と満足げに頷いた。





「本当に助かりました」



 さきほど高徳高校の生徒たちによって救出されたの中学生が、兼光と梶浦のもとへと駆け寄って、丁寧に頭を下げた。


 大百足の消化液によって少女の制服の一部は溶けてしまっていたはずだったが、誰が気を利かせたのか、今はカーディガンを羽織っている。


 彼女の後ろでは、保護者と思われる中年の女性が、黙って頭を下げている。



「いや、なんの。怪我は無かったかい?」



 兼光が涼しげに微笑むと、彼女はほんのりと頬を赤らめながら「平気です。ありがとうございます」と改めて礼を言った。



「けど、どうしてこんなところを歩いてたんだ?」



 梶浦が横からそう尋ねると、少女は自分と同様に保護された仲間たちが、兼光たちの一団と談笑しているのを遠目に見ながら答えた。



「あれは私の家族と、仲の良いご近所さんたちなんです。安全な場所に避難しようってことになりまして……」


「なるほど、それで市民ホールへ向かってたんだね。考えることは皆同じか。でも、化け物が多いから、大変だっただろうね」


「はい、なんとか見つからずにここまできましたけど、さっきのムカデに捕まっちゃって……」


「助けることができて嬉しく思うよ。さあ、市民ホールはもう目の前だ。一緒に中に入って休もう」 



 兼光がそう促すと、少女は歯切れよく「はい!」と返事をしてから母親と共に、南組の一団の中へと混ざっていった。




 斎藤兼光、現在レベル7。


 職業はやはりというべきか、『剣客』を選んだ。


 剣士系の職業は他にも、大剣を振るう『狂戦士』や剣と盾の両方のスキルが充実している『騎士』、レイピアを得意とする速攻型の『フェンサー』など、色々とあったが、時代劇に憧れて育った彼が『剣客』を選ぶのは必然だった。


 剣客のスキルは、速攻用の居合系スキルと、強撃用の両断系スキルに分けられる。


 彼が大百足に使用したのは、両断系スキルの『乾坤一擲けんこんいってき』。


 最大MPの50%を消費して、一太刀だけだが腕力を300%上昇させながら放つことができる強力なスキルである。


 しかしながら、発動に時間がかかる上に、発動時に舞い上がる赤い煙が相手を警戒させてしまうため、必中が約束された状況でなければ仕様できない。


 それを補うべく、おくれてレベル5に達した梶浦が選んだ職業が、『戒縛師かいばくし』であった。


 戒縛師は、魔物を状態異常にすることを得意とする。


 彼の使用したスキル『土蜘蛛』は、魔物の身体の自由を奪うスキルである。


 しかし、強力な魔物であれば土蜘蛛の糸を振りほどいて行動することも十分に有りうるため、その効果は相手次第と言える。


 また、戒縛師のスキルは全般的にCT(クールタイム。スキルを再使用できる状態になるまでの待機時間)が非常に長く、連発ができない。


 土蜘蛛などは一度使用すると次に使用できるのは約1時間後となる。


 梶浦が大百足に土蜘蛛を使う前にIFを確認したのは、残りのCTがどれくらいか確認するためであった。


 ちなみに兼光が使用した『乾坤一擲』のCTも近接攻撃スキルとしては長めの「3分」だが、大半のスキルは熟練度が上がればCTや消費MPなどの発動条件が緩和されるので、この点は彼らの修行不足故の不便であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ