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南組 斎藤兼光・梶浦徹①

「そうか、分かった。ありがとう」



 生徒会長、斎藤兼光さいとうかねみつが神妙な面持ちでIFを閉じると、傍らにいた剣道部の2年生、梶浦徹かじうらとおるが「どうでしたか」と声をかけた。



「北組は風町医院に泊まるらしい。……薬師寺先生が亡くなられたそうだ」



 兼光の率いる南組は、ひとしきり生徒たちの家を回った後で、市民ホールを目指している最中だった。



「そうですか……。東組が8名、北組が1名、ですね」


「ああ……健吾たちの西組が全員無事なのがせめてもの救いだ」



 合計9名。無論、死者の数の話だ。


 ナイアーラトテップによって殺された生徒たちと、アンドレアルフスによって殺された薬師寺のことを指している。


 兼光の顔には焦りの色が見えていた。



(組み分けをして下校させたのは判断ミスだったかもしれない。天羽君や風町さんたちにはきっと辛い思いをさせてしまっただろう)



 梶浦は兼光の思いを察して、「この状況では仕方のないことなのかもしれません」と隣で呟いた。



「世界改変の時にすでに下校中だった他の生徒たちの安否も気になる。皆無事でいてくれるといいが」


「学校もひどい状況でしたから、学校に残っていた僕らが幸運だった、とはいえないかもしれません」


「それもそうだな……。皆、安全な場所に避難できていると信じよう」



 すっかり足元が暗くなってしまった中、南組の生徒たちは慎重に辺りを警戒しながら歩を進める。


 日が沈んだ今、おそらく魔物たちは強力になっている。


 ここまでは死傷者を出すことなく順調に事を運んでいた南組であったが、寝床を探すのがいささか遅れてしまっていた。


 とはいえ、一緒に市民ホールを目指すことになった生徒の家族たちの中には、足の悪い老人や幼い子供も少なからず混じっていたため、あまり歩を早めるわけにもいかなかった。


 このとき、南組の人数は200人に達しようとしていた。


 中には兼光の母や梶浦の両親も含まれている。


 兼光の父、斎藤康利は自宅にはいなかったが、おそらく警察署にいるのだろうと信じて、置手紙を残して家を出た。



「しかし、兼光くんはお父さんが警察官だけあって、ご立派でいらっしゃいますなぁ」


「あら、徹くんだって、怪物をちぎっては投げの大活躍じゃないですか」


「はは。お恥ずかしい。子供の成長は早いですねえ」



 兼光の母と梶浦の両親が緊張感なく高笑いを上げているのを、当人たちは俯きがちに聞き流していた。




 やっと市民ホールが見え始めると、建物から薄らと零れる光に、生徒たちはほっと息を吐き出す。



「なんとかついたね」


「お疲れ様でした、兼光さん」



 梶浦が兼光を労ってそう声をかけた直後のことだった。



「やばいぞ! 襲われてる!」



 その声に、兼光がとっさに列の先頭へ躍り出て暗がりに目を凝らすと、市民ホールの正面を横切る車道で、10名前後の団体が魔物に襲われているのが見えた。



「まずそうですね」



 すでに駆けだしていた兼光に梶浦が並走する。



「梶浦、無理はするなよ」


「はい、大丈夫です」



 その魔物は、10名前後の一団をぐるりと囲んでしまうほどに大きなムカデの姿をしていた。


 口元からは絶え間なく汚らしい粘液を垂れ流し、蛍光色の百の足は夕闇の中でも気味悪く光っていて、それが端から順番に動くのに合わせて、堅い外骨格に覆われた背中が波を打っていく。


 その魔物は、中学生と思われる少女の鼻先に顔を近づけると、ひげのような触角で彼女の顔にペタペタと触れたあとで、あんぐりと口を開けた。



「お、お願い……やめて……」



 ぼたぼたと口からだらしなくこぼれおちる粘液が彼女の学生服を汚すと、強い酸でもかけられたかのようにその繊維が溶けはじめる。


 梶浦は手早くIF画面を立ち上げて魔物解析のアイコンに振れる。



『大百足 討伐推奨レベル10。平安時代に藤原秀郷によって討ち取られたとされる妖怪。山に巻きつけば7周半もするであろう大きさだと伝えられるが、それちょっと盛りすぎじゃない? 本作では全長30メートル。Drop:ポーションミニ/???』



「兼光さん、レベル10です!」



 梶浦はIFを閉じてから兼光に向かって叫んだ。


 これまで南組が遭遇した魔物の中では最高レベル。


 しかし兼光は迷うことなく魔物の背に木刀を振り下ろした。



「か、堅い!?」



 渾身の力を込めた兼光の一撃は、大百足の鎧のように強固な外骨格によって弾かれる。


 木刀を握る手のひらを伝わって両腕をさかのぼる衝撃に兼光の表情が歪んだ。


 大百足は特に驚く様子もなくゆっくりと兼光の方へゆるりと振り返ると、途端にその長い胴をしならせて薙ぎ払う。


 それをなんとか木刀で受けた兼光だったが、その体はピンボールのように弾かれてガードレールに激突した。



「兼光さん!!」


「かまうな! それより、その子を!」



 かけよろうとする梶浦を、兼光は手のひらを見せて制止すると、恐怖に足がすくんで逃げ遅れている少女の方へと目をやった。



「わかりました!」



 梶浦は少女の腕を肩に回して引き起こす。


 他の者は皆、南組の集団へ合流できたようだった。


 しかし、大百足は梶浦と少女の方へと振り返ると、上体をもたげてつんざくような奇声を上げる。



「くそっ……」



 どうやら逃がしてくれる気はなさそうだと察して、梶浦の体が強張る。


 大百足が二人に跳びかかるべくその上体を大きく逸らし始めた時だった。


 突然、飛んできた拳ほどの大きさの石が大百足の頭に直撃する。



「させねえぞ!」



 その掛け声を合図に、ゴブリンナイフやテニスラケット等が、次々に大百足に投げつけられる。


 南組の生徒たちは、大百足の注意をひきつけるべくそれぞれが雄叫びを上げた。


 幾人かの生徒は勇敢にも胴体に跳びかかってバットやナイフを振り下ろしている。



「梶浦君、その娘は私たちが連れて行くから」



 隙をみて駆け寄った二人の女子生徒がそういって少女を連れて逃げてくれた。



 しかしながら、大百足の堅い表皮は彼らの攻撃をものともせず、その長い胴をひと薙ぎすると、生徒たちはワッと声をあげて簡単に飛ばされていく。



「みんな!!」



 なんとか立ち上がった兼光が木刀を構え直して魔物を睨む。



「兼光さん、大丈夫ですか!」


「ああ、まだいける! 梶浦、アレを使えるか!?」


「えっと、はい、いけます! 効くかどうかはわかりませんが!」



 梶浦は一瞬だけIFを立ち上げて何かを確認すると、大百足を挟んで反対側にいる兼光にそう答えた。

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