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西組③

 ライアン・フラムスティード、レベル5。


 このとき、西組で転職が完了しているのは彼だけだった。


 健吾は既にレベル6になっていたが、どの職業にするか、結局決めかねている。


 一方でライアンは、あっさりと『騎士』を選んだ。


 イギリス人のライアンにとって、騎士はやはりなじみの深い、憧れの存在らしい。


 日本人にとっての武士のようなものだと、彼は言う。



 騎士の職業ボーナスは、腕力10%、耐力30%、脚力10%。


 また、彼は12のステータスポイントのうち、10を耐力に振っているため、耐力は合計で50%上昇している。


 ただ、それだけでは人間よりも力の強い魔物の攻撃を受けるには足らない。


 餓鬼の攻撃に怯まなかったのには別の理由もあった。



「やっぱスキルってすげえな。ライアン、傷一つついてないじゃん」



 おにぎりを咥えてご満悦のライアンに、健吾が言う。



「アイアンスキン。30秒間だけ耐久力を飛躍的に向上するスキルらしいです」



 熱心に咀嚼しているライアンの代わりに、浩太が答えた。



「いかにも騎士って感じだよな」


「騎士は最前線で仲間を守る、いわゆるタンク職、ですね」


「カッチカチヤゾ」


「大喜多先輩はどの職業にするか、決まりましたか?」



 浩太が尋ねると、健吾は首を横に振って見せた。



「これだけ職業が多いと、慎重になっちゃうよ」


「そうですよね。でも、どっちかというとやっぱり近接職ですかね、先輩は」


「だよなぁ。けど魔法を使う職も捨てがたい……」



 健吾がIFを立ち上げて職業一覧を難しい顔をして眺めていると、不意に彼の画面に受話器のマークが現れる。



「ん、電話だ。誰だろう。知らないIDだ」



 健吾は少しの間のあと、特に深く考えることなく通話アイコンに触れる。



「えっ、風町さん?」



 IF画面に現れた美砂の顔に驚いて、健吾が声を挙げる。


 保健室でタライを投げられて以来、すっかり嫌われてしまったと思っていたので、あまりにも意外だった。


 健吾は急いで立ち上がると、コンビニの裏手へと走った。



 「ど、どうしたの?」



 健吾がおずおずと尋ねると、美砂は少し伏し目がちに呟く。



「薬師寺先生が……死んだわ。ごめんなさい」



 健吾の体中から血の気が一気に引いていく。


 美砂は、薬師寺の死を健吾に報告しようとしていた北組の野球部員を見つけて、自分の口から伝えたいと申し出て、IDを教えてもらったのだった。



「私をかばって……死んだの」


「……」



 あまりのことに健吾が言葉を失う。


 そう、あまりにも予想通りすぎて、胸にこみ上げた感情は、怒りでも、悲しみでもなく、呆れに似た何かであった。


 しばらくして彼は口元をふっと緩ませると、困ったように微笑む。



「そっか、なんとなく、そうなるような気はしてたんだ」



 今度は美砂が驚いて顔を上げる。



「監督ってさ、いっっっっつも! 生徒のことしか考えてないじゃん? だからさ、無茶して真っ先にやられるんじゃないかってね」



 美砂は珍しくも目を丸くして、その感動を隠そうとはしなかった


 そうか、この人は自分や他の生徒たちと違って、薬師寺の本質を良くわかっていたんだ。


 そう思うと、今までの自分のことが余計に恥ずかしく思えてしまったが、反面、ほんのりと嬉しくて、美砂はつい、つられて口元が緩んでしまった。



「あの人、ほっといてもいつかこうなってたさ。だから風町さん、あんまり気を落とさないでね」


「……ありがとう」



 美砂が瞳を閉じて静かに頭を下げると、健吾は鼻先を照れくさそうに掻いていた。



「監督、カッコよかった?」


「ええ、とっても。恋をしてしまいそうになるくらい」


「そっかぁ。ずりいなあ監督、自分だけいい恰好しちゃってさ」



 健吾はいかにも明るい調子でふてくされて見せる。


 一方で、美砂はまた少し俯いてから、真剣な声色で話し始めた。



「ねえ、先輩。きっと先生は先輩たちと甲子園に行くのが夢だったんだと思う。私が言えたことじゃないけど――――」


「絶対に行くよ」



 健吾は美砂が言葉を選ぶより先に、力強くそう言った。


 

「今年はもう間に合わないかもしれないけど、いつか絶対に行く。てか、このゲームをクリアして、ぜーんぶ巻き戻して、監督と一緒にいく。だからさ、今は悲しいけど、泣いてる暇はないや」



 健吾がおどけた調子を混ぜながらそう言うと、美砂は「私も、クリアを目指す」と真っ直ぐな瞳で決意を示した。



「とりあえず、どこで夜を明かすか、西組の皆で話し合ってくるよ。かねみっちゃん―――生徒会長にも状況報告をするように北組の皆に伝えておいてくれるかな?」



 美砂が「わかったわ」と言うと、健吾は軽く敬礼して見せてから通話終了アイコンを押した。




 途端に、健吾は地面にしゃがみ込んで前髪をくしゃりと握る。



「――――はは、恰好つかねえな」



 健吾は肩を震わせながら、嗚咽が夕闇に溶けることだけを祈っていた。

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