西組②
店員が人垣から顔を覗かせると、グレーがかった金髪の美しい少年が一人、鉄パイプを諸手に凛と構えていた。
彼の周りを取り囲んでいるのは4匹の魔物。
少年の美しさとは対照的に、魔物は干からびたような褐色の肌、禿げ上がった頭、不自然に出っ張った腹を晒している。
手足は骨の形が皮膚の上から見て取れるほどに痩せ細っていて、どれほど飢えているのか分からない。
その魔物たちの名は『餓鬼』。
相対する美少年の名はライアン・フラムスティード。
魔物の背丈はライアンよりも頭2つ分ほど小さかったが、貧相な体とは裏腹に、剥きだした歯と伸びた爪が鋭くぎらついている。
「お、おい、彼一人で大丈夫なのか!?」
店員はたまらず、見物を決め込んでいる男子生徒たちの肩を掴む。
「えっと、まあ、見てましょう」
「俺らが手を出さない方がライアンもやりやすいと思います」
生徒たちは手短にそう言うと、すぐに正面に向き直って歓声を挙げる。
「がんばれライアーン!」
「かっこいいとこみせてくれー!」
餓鬼たちはがっちりと噛みあわせた歯の隙間からよだれを垂れ流しながら、いよいよライアンに喰ってかかるべく、どたどたと走り始めた。
一方のライアンは突然ふっと両目の瞼を閉じてしまう。
その奇行に生徒たちから一際大きな歓声が挙がる。
「まさか……心眼ってやつか!?」
「ライアン君、超カッコいい!!」
特に女子生徒やその母親たちからの黄色い歓声がすさまじく、店員は思わず片耳を指先で塞いだ。
ついに餓鬼の一匹が瞳を閉じたままのライアンの頭めがけて飛びついたその時だった。
……普通に頭に噛みつかれてしまった。
ライアンの頭にがっつりとかぶりついた餓鬼は、あぐあぐと口を動かしながら思う存分に顎を動かしていた。
「普通に頭を噛まれているように見えるんだが、彼、本当に大丈夫なのかい!?」
「……」
店員が驚いて両隣の男子生徒の肩をばんばんと叩くが、二人ともばつが悪そうに口をつぐんだまま視線を逸らしていた。
「ソコカ!!」
カッと目を見開いたライアンが、頭にかぶりついたままぶら下がっている餓鬼を鉄パイプで横殴りにして引っぺがす。
短い悲鳴を上げて地面に転がった餓鬼は、そのまま体から黒煙を立ち昇らせ始めた。
「ソコカ、じゃないよ!ソコしかなかっただろうよ!」
店員が苛立ち交じりにそう叫ぶが、ライアンはおかまいなしに再び瞳を閉じて構え直す。
残りの3匹はあっというまに詰め寄ると、次々に彼の足に、腕に、首筋に噛みついた。
彼の心眼には一体何が見えているのか。
実のところ、彼はこの日は寝不足だった。
とても眠いのだ。
「ああ、もうダメだ……」
頭を抱えて視線を逸らす店員。
しかし、生徒たちは固唾を飲んでじっと見つめるばかりで、依然として動こうとはしない。
その間もなくに、大きな歓声が再び上がった。
「え?」
驚いて店員が顔を上げると、首筋に噛みついていたはずの餓鬼が地面に叩き付けられて体を痙攣させていた。
ライアンは残りの二匹をその手足にぶら下げたまま、鉄パイプの先端を足元の餓鬼に突き立ててとどめを刺す。
「一体どうなってるんだ……」
店員は訝った視線を向けながら額に汗を滲ませる。
ひょっとすると、あの魔物は見た目の貧弱さの通りにとても弱いのかとも思ったが、その牙が食い込んでいる学生服のしわの寄り方から、並々ならない力がかかっているであろうことは容易に想像がついた。
ライアンがサッカーのごとく足を蹴り上げると、脚に噛みついていた餓鬼が宙へと放り出される。
落下してきたその餓鬼にタイミングを合わせてフルスイングの一撃を喰らわせて吹き飛ばすと、今度は野球のピッチャーのように腕を振りかぶって、上腕に噛みついていた餓鬼を力任せに投げ飛ばした。
「つ、強い……」
ライアンの神掛かった強さに目を剥く店員。
よくよく見れば、噛まれた頭や首筋からは一滴の血も流れておらず、制服には小さく穴が開いてしまってはいたが、そこから覗く白い肌には傷一つなかった。
何度か地面を跳ねたあとで仰向けになって目を回してしまった最後の一匹に、ライアンがゆっくりと歩み寄る。
そしておもむろに鉄パイプを振り上げると、威勢の良い掛け声とともに一気に叩きつけた。
「イタカッタヨ! コノヤロー!」
最後の一匹が消えると、ライアンは噛まれた腕を不機嫌そうにさすった。