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西組①

「ウメー!」



 野球部左腕のエース、大喜多健吾はおにぎりの最後の一口を飲み込むと、『梅』と書かれた包装フィルムをまじまじと眺めながら声を上げる。



「コンビニのおにぎりってこんなに美味しかったですっけ……」



 健吾たちの率いる西組に混ざっていたパソコン部の児玉浩太も、フィルムのに貼りついている成分表記のシールを眺めながら、本当に自分の知っているコンビニのおにぎりなのだろうかと舌を疑っていた。


 西組の彼らはコンビニの駐車場にそれぞれが腰を降ろして、菓子パンやフランクフルトなど分け合いながら、有難そうに口に運んでいた。



「学生さんたちにそう言ってもらえると、自分も命を張って店を開けてた甲斐があるよ」



 縦じまの制服に身を包んだ若いコンビニ店員の男性が、ペットボトルの水を一口飲み込んでから目を細めた。



「ほんと、生き返りました。それにしても、よく襲われなかったっスね、このコンビニ」



 健吾は大げさに頭を下げて見せてから、自動ドアのガラス越しに店内を伺う。


 店内の全ての品物は当然のように整然と並んでおり、煌々と輝いている看板電灯が薄暗くなってきた駐車場を優しく照らしていた。


 これまで見てきたコンビニやファストフード店は、締め切られているか、中で店員が無残な姿で転がっているか、大抵そのどちらかだった。


 ともすれば、このコンビニだけは改変が起こっていないようにすら感じる。



「他の店はそんなにひどい状況だったのかぁ。店を襲ったのはモンスターなのかね。意外と人間って線もありうるよね」



 店員が急に声を低くして眉の片方だけを釣り上げて見せる。


 ひょっとしたら、今まで見てきた商店の惨状も、魔物によってではなく人間によるものなのかもしれないと想像して、健吾と浩太は黙って唾を飲み込んだ。



「なんてね。少なくともここに来た人たちはみんな、最低限必要なものだけを、ちゃんとお金を払って買っていってくれたよ。君たちみたいにね」



 店員がそういってニカリと笑うと、健吾と浩太はほっと胸をなで下ろした。



「こんなときでも、いや、こんな時こそ助け合い、だよね。とはいえ、実は一度、大きな犬みたいな化け物も来店したけどね」



 きっとガルムのことだろうと健吾たちはすぐに察した。


 店員の話によると、彼はガルムに向かって防犯用のカラーボールを投げてはみたものの、柔らかい毛皮で跳ねて玄関マットに着地したために割れなかったらしい。


 もうだめだと頭を抱えたが、ガルムは地面に落ちたカラーボールを興味深げに前足で弄って、そのうちに興奮したようすで転がしながらどこかへと去って行ってしまったそうだ。



「そういえばあいつら、俺がボールを投げた時も興味津々だったなぁ」



 健吾は学校の校庭で兼光を助けるためにボールを投げた時のことを思い出していた。



「基本的に犬なんでしょうね」



 浩太が言うと、健吾は凶悪なガルムのことを少しだけ可愛らしく思えてしまい、「あー、なるほど」と頬を掻いた。



「さてさて、そろそろ品薄になってきたし、僕も君たちと一緒に避難してもいいかな?」



 コンビニ店員がそういうと、健吾はすぐに頷いて、親指を立てた。



「もちろんっスよ。て言っても、自分らも泊まれそうなところを探して彷徨ってる真っ最中っスけどね。なんせ人数が人数なんで……。警察署を頼って行ってみたんですけど、人が押しかけすぎたせいで、これ以上は受け入れはできないと言われました」



 健吾たち西組も他の組と同様に、家族を連れて家を出てきている者がほとんどで、全体の人数は100人近くまで膨れ上がっていた。



「んー、となると、公民館とかはどうだい?」



 店員がそういうと、健吾はしばらくうーんと唸ったあとで答えた。



「公民館だとちょっと狭いかもしれないっスね。これだけの人数が入れるところは、市民ホールくらいっスかね」


「市民ホールかぁ。ちょっとここからは距離があるね。あとは学校くらいか……」



 店員のその言葉に、浩太の表情が少し暗くなる。


 高徳高校の生徒にとって大切な青春の舞台であるはずの学校は、いまや恐怖の象徴でしかない。



「実は、僕たちは学校から命からがら逃げてきたんです――――」



 浩太が自分たちの経験をつぶさに語る。


 学校は魔物の侵入経路が多すぎて逆に危険であったことや、校内にも魔物が直接湧いてくるので安心できなかったこと。


 そして、多くの生徒が犠牲となってしまったことを。


 ここにいたるまでの経緯を話し終えると、3人ともが険しい顔をして黙り込んでしまった。


 そのとき、にわかに周囲の生徒たちがざわめき始めた。


 健吾たちは車道の方へと体を向け、片膝を立てて咄嗟に身構える。



「な、なんだ?」



 目を丸くする店員をよそに、健吾は緊張した面持ちで金属バットを拾い上げる。



「多分、モンスターが来たんすよ」


「ええ!?」



 店員は思わず二歩三歩と身を引いてしまったが、浩太は彼をなるべく安心させようと笑顔を作る。



「でも、頼りになる友人が警戒してくれているので大丈夫だと思います。見に行ってみましょうか」



 浩太にそう促され、店員は恐る恐る騒ぎの中心へと向かった。

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