薬師寺「先生」
「がんばった……な」
薬師寺は微笑みを絶やすことなく、絶え絶えに言った。
「ヤクマン……ごめんなさい、あいつ、ポーション落とさなくって、これじゃあ……」
美砂は混乱しながらも懸命に口を動かしたが、薬師寺は静かに首を振ってそれを宥めた。
「薬師寺先生……だろうが。……かまわん。俺は、満足してる」
薬師寺がそう呟くと、美砂は続く言葉を待ってじっと彼を眺めていた。
「俺は臆病だから、誰も守れなかった……」
途中、喉に詰まっていた血液を咳と共に吐き出しながら、薬師寺は続ける。
「俺の命は修治先生にもらった大切な命だから……失いたくなくなかったんだ。でも、最後にこうして、大切な生徒を守れた……」
「なんでよ……。私のこと嫌いだったでしょう?」
美砂は少し憤った声色で問いただす。
「そんなわけ、あるか……。修治先生の代わりを務めようとしたんだが……俺は、下手くそで……ごめんな、風町」
「謝んないでよ……。なんであんたが父さんの代わりなんかを……」
美砂は答えを求めて薬師寺の虚ろな瞳を見つめていたが、薬師寺はふうっと息を吐き出しただけで、話を別のところへ向ける。
「なあ、風町……。あんまり無理して皆に心配かけるなよ」
「こんな時にお説教?」
「ああ、説教だ。もう少し、周りに甘えてみろ……。親や友達に貸しだの借りだのなんて、馬鹿げたこと言うな」
おそらく薬師寺は、自分が親や友人に頼ることなく独力で生きようとしていたことを知っていたのだと、美砂はこのときにやっと気が付いた。
修治が倒れるきっかけとなった事件のことも含め、全てを知った上で、必死に自分を正そうとしてくれていただけなのだと。
薬師寺の顔からは血の気がすっかりなくなっており、意識は途絶えかけている。
それでも彼は振り絞るようにして最後の言葉を残す。
「もし、親にすべての恩を返した子供がいたとしたら、そいつは世界一の親不孝者だ……」
その言葉の意味が、今の美砂にはなんとなく分かっていた。
ここまで来れたのは北組の皆のおかげだった。
魔物を倒せたのは薬師寺と、父のおかげだった。
独りではなにもできなかった。
この恩は返しきれるものなのだろうか。
そもそも、返してしまってもいいものなのだろうか。
なんとなくだが、そう感じるようになっていた。
美砂は小さく「はい」と呟き、頭をさげて唇を噛んだ。
薬師寺は美砂の頬を拭うために震える手を伸ばそうとしたが、どうやら届きそうにはない。
美砂はその手を取って大事そうに握るが、伝わる温もりは残酷なほどに微かだった。
「ずっと私を見ていてくれて、ありがとう」
「ああ……」
「いつも言うことをきかなくて、ごめんなさい」
「……」
「臭いっていったことも謝るわ」
「……」
「ねえ、聞いてるの?」
「……」
彼女がどれだけ呼びかけようとも、もう彼がそれに応えることはないのだろう。
「ねえ、返事をしてよ――――薬師寺先生」
にわかに吹き抜けた風が、項垂れた美砂の頬を優しく撫でて、窓の外へと消えていった。