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アンドレアルフス④

 修治の体をそっと床に横たえると、美砂はゆっくりと病室の片隅に目をやった。



「父さんが死ねば、一緒にあんたも死ぬ。だから寸前で体から抜け出した。そうね?」



 美砂の視線の先にあったのは、黒く、矮小な孔雀の姿であった。



『……くっ、許さんぞ小娘』



 孔雀が半円状に広げた尾羽を震わせると、それがスピーカーの役割をはたしているのだろうか、焦燥の混じったルフスの声が病室内に響いた。



「そうね。許されないわ、絶対に」



 美砂はそう言って、血だまりの中に横たわる薬師寺と修治を少しだけ眺めた。


 アンドレアルフスはここぞとばかりに羽の一枚を美砂に向かって放つが、美砂はそれを簡単に掴んで止めてしまうと、つまらなそうに指先ではじいて飛ばす。



「でも……。私よりも罪深いやつがいるとしたら、それはきっと……あんただけよ」



 美砂は一息に間合いを詰めると、第二第三の矢を準備している真っ最中だったアンドレアルフスの尾羽を両手で無造作に掴み、そのまま胴体だけを壁に向かって力いっぱいに蹴り飛ばした。


 当然のように引き千切れてしまった尾羽の束は、あっという間に煙に代わって宙に溶けた。


 美砂は不細工な悲鳴を上げて壁に張り付いている孔雀のそばへと間髪いれずに駆け寄ると、片膝を押し当ててその胴体を壁に固定しながら、力まかせに翼を引っ張り始める。


 ギチギチと乾いた音を立てながら、孔雀の翼は付け根からゆっくりと千切れていく。


 肉を裂いたまでは良かったものの、胴体と翼を繋いでいる骨やすじがなかなか千切れない。


 美砂が苛立ちながら掴んだ翼を右へ左へと何度か捻ると、それはやっと胴から離れた。


 病室に響く孔雀の悲鳴には先ほどまでの威厳など欠片もなく、唯々耳障りで美砂を余計に苛立たせた。


 美砂は一心不乱に泣きわめくアンドレアルフスの喉笛を掴んで無理やりに悲鳴を止める。


 そのまま雑巾でも絞るかのようにして諸手で捻り上げられたその細首は、腸詰ちょうづめの継ぎ目ほどに細って、とうとうぷつりと音を立てて千切れた。


 黒血が病室中にまき散らされたあとで、魔物の痕跡のすべては虚空に溶けてあっけなく消えてしまった。


 同時に、美砂の体を覆っていた狂人化も解け、その反動で彼女は膝を折ってしまう。


 美砂は消えゆく魔物の体を、焦点の定まらない瞳でぼうっと見つめていた。



「なんでよ……」



 ぽつりとそうこぼすと、美砂は膝の上の拳をこれでもかと握りしめた。


 あれほど厄介な、言語を操るほどの上出来な魔物を倒したのだから、父と薬師寺を救うためのポーションが当然ドロップするものだと思い込んでいた美砂だったが、黒煙が消え去ったあとに現れたのはペラペラの古紙が一枚だけ。


 後に討伐履歴から解ることだが、アンドレアルフスは特殊かつ希少なモンスターであり、ドロップ品は普通の中型とは異なる。


 彼女の足元に落ちているその古紙がとてつもない価値を秘めていることはさて置き、これでは消えゆく命を救うことはできそうもなかった。


 美砂は絶望に打ちひしがれ、地面にぺたりと座り込んでしまっっていた。



「そう……よね。私に都合のいいハッピーエンドなんて起こるわけがないもの」



 夕暮れの病室にしばらくの沈黙が流れた。


 静寂の中、耳鳴りばかりを聞いていた美砂だったが、ふと聞こえたかすかな呼び声に反応して急いで顔を上げた。



「風町……どうしたんだ……お前らしくもない」



 薬師寺だった。


 彼は見えているのかすら怪しい瞳をぼんやりと美砂に向けながら、少しだけ微笑んでいた。


 体のあちこちに刺さっていた軸羽がアンドレアルフスの消滅と共に消え、ぽっかりと空いてしまった痛々しい傷口からは、容赦なく血液が流れ出している。


 美砂は這うようにして薬師寺の元へ行くと、悔しそうに瞼を絞った。

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