表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/111

殺意①

「逃げないんだねぇ。怖くないのかい?」


「なんであんたみたいなクズから逃げなきゃいけないのよ。いいからそこをどきなさい、私は急いでいるの」



 美砂は幼子を躾けるかのような口調で言い放った。


 

「いいね、他の馬鹿女どもは泣き叫ぶばっかりでさ。正直つまらなかったよ」


「間違いなくあんたが一番つまらないわ。男としても、犯罪者としても」


「……調子にのるなよ、クソガキが!」



 激昂した藤原が、ついに警棒を振り上げる。


 次の瞬間には美砂が悲鳴を上げて倒れ、その生意気な表情が恐怖に歪む。


 その予定だった。 


 しかし、こめかみの辺りを捕えたはずであった警棒の先端は、辺りにひしめき合うビルの壁に埋まって、藤原の手の平に耐え難い手ごたえを伝えていた。


 上体を少しだけよじってかわしていた美砂が右手にもっていた学生鞄を振りぬくと、鞄の角が藤原の鼻っ端にめり込んだ。


 藤原は鼻からあふれ出す血を押さえて悶絶しながら警棒を闇雲に振り回すも、やはり美砂にはかすりもしない。


 

 風町美砂は瞳を瞑らない。


 目の前に凶器が迫れば、目を瞑るよりむしろ見開いてそれをよく観察し、避ける。


 格闘家などが長年かけて抑え込む人間の「条件反射」を、彼女は精神力だけでねじ伏せていた。



「このっ―――うっ! くそっ―――ぐっ! ……なんなんだよお前は!?」



 藤原は幾度となく襲い掛かり、幾度となく鞄で反撃を受け、ついには尻もちをつきながら涙目で美砂を見上げていた。



「ただの小娘よ。あんたは小娘にやられて逮捕されるの。明日の新聞の見出しが楽しみでならないわ」



 美砂がそういって学生鞄を高々と振り上げると、藤原は慌てて警棒を彼女に差し出しながら、媚びるような笑顔を造った。



「わ、わかった。わかったからもう殴らないでくれ。ほら、この通りだ」



 美砂はつまらなそうにため息をつくと、振り上げた手を下して差し出された警棒を取り上げるべくその先端を握った。


 直後、彼女は頭の先から足の指先まで突き抜けるような衝撃を受けて、地面にうつ伏せに倒れこんでしまった。


 ビクビクと体を震わせながら悶える彼女を見下ろしながら、藤原は長い舌を唇の端に這わせていた。



「どうだい。動けないだろう? これね、ただの警棒じゃなくて、僕の特製スタンロッドなのさ。スタンガンの何倍も強力な電流が流れるんだよ。すごいでしょ」



 藤原は美砂の髪の毛を無理やり掴みあげて、口の中へと警棒の先端を挿入しながら嗤う。


 美砂は必死で体を動かそうとするが、その四肢は命令に反してびくつくばかりで、言うことをきかない。



「これね、こうして口にねじ込んだまま電流流すと超面白いんだよ。耳がぴくぴく前後に動いたりさ、眼球なんてぐるぐる回っちゃってさぁ」



 藤原は警棒の持ち手にあるスイッチに親指を這わせて見せる。


 そしてついに指先に力を込めて、美砂の口内に電気を流し込もうとしたその時だった。



「貴様ぁ! 何をしている!」



 美砂の背後の闇から飛び出してきた男が、藤原にとびかかってあっという間に押し倒してしまった。



「だ、誰だてめえ! は、離せ!」



 地面でもつれ合う二人を、美砂は朦朧とする意識に鞭を打ちながら眺めていた。



「と……父さん?」



 藤原を押さえ込もうと必死になっている男は、彼女の父、風町修治だった。



「離せっていってんだろうが!」



 藤原は手元に転がっていた警棒に手を伸ばすと、馬乗りになって胸元を押さえつけている修治の背中にそれをあてがって電流を流し込んだ。


 一瞬で意識を奪い去るほどの衝撃を受けながらも、驚くべきことに修治はしばらく藤原を掴んでいた手を放そうとはしなかった。



「美砂……逃げ……ろ」



 喰いしばった修治の奥歯から青白い火花が漏れ出していた。


 とうとう修治の腕の力がいくらか弱まったことを察した藤原は、警棒を彼の背中から離して、今度はその側頭部を横殴りに打ち付けた。


 修治の体が崩れるようにして地面に落ちると、藤原は息をきらせながら立ち上がり、彼の脇腹を何度も蹴り上げた。



「くそが。二人も始末しないといけなくなったじゃねえか。おっさんなんか殺したってなんにも面白くねえってのによ!」



 藤原は眉間に深々と溝を作りながらそう叫ぶと、地面に突っ伏している修治の後頭部めがけて警棒を執拗に振り下ろし始める。



「や……め……なさい……。やめて……」



 美砂は藤原を止めるべく必死になって這い寄ろうとするが、依然として体は満足に動かない。


 やがて修治の体がぴくりとも動かなくなった頃、藤原は美砂のほうへと向きなおって狂気に満ちた笑顔を向けた。



「さあ美砂ちゃん。邪魔者はいなくなったし、二人っきりで愉しもうか」



 藤原は、憎悪と殺意の入り混じった瞳で見上げている美砂の傍らにお構いなしにしゃがみ込むと、彼女の胸や太ももを撫でまわしながら異常なまでに興奮した様子で息を荒げ始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ