ソロモン72柱③
しばらく美砂の話が続きますが、この作品の後々に大きな影響を及ぼす重要な部分のため、大幅なカットはできませんでした。
特定のキャラを掘り下げすぎるのは私自身不本意ですが、ご容赦ください。
「お嬢ちゃん、どういうワケがあるのか知らないけど、中学生を雇うのは法律で禁止されているんだよ。昔はよくあったみたいだけど、今は世間の目が厳しくてね。どこも使わないと思うよ」
この時彼女は初めて、中学生が労働を許されていないことを知る。
その後、ファーストフード店や内職の仕事にも応募してみたが、いずれも当然のごとく門前払いをされた。
しかし彼女はあきらめなかった。
(顔の見えない仕事をしよう)
彼女はふと、古着屋に服を売ったときのことを思い出した。
服は金になる。
彼女が達した結論は、『服を作ってネットで売る』だった。
美砂は図書館で裁縫や編み物の本を借りると、なけなしの洋服やカーテンなどを裁断してしまい、それを使って熱心に勉強した。
その奇行を見かねた兄の大智が、資金として3万円を差し出すと、美砂は意外にもそれをあっさりと受け取って、「必ず返す」と約束した。
昼も夜もなく服飾の訓練に励み、3、4か月がたつ頃にはいっぱしに洋服を作れるようになってしまった。
さて、何を作って売り出すかと悩む美砂。
最初は流行りの服を真似て作ってみるかと思いながら、個人売買の大手サイトを覗いていた。
素人作品の出品数はそれなりにあったが、どれもほぼ材料費そのもののような価格で出品されており、それでも長期間買い手がついていない物が多かった。
これでは利益にならないと頭を抱えていたが、ふと、素人の自分が作る洋服よりもよほど不出来な作品がそこそこの値段で売れているのを目にする。
それはアニメのキャラクターの洋服を模したもの。
つまるところコスプレ衣装である。
これだ、と啓示を得た美砂は、早速に人気アニメのヒロインが身に着けている短いプリーツスカートを作成して売り出す。
お盆前という時期が良かったこともあり、それは2日もたたないうちに提示価格の通りに売れた。
原価の4倍近い価格で売れたことに大きな衝撃を受けた美砂。
それからの彼女は今まで興味を持てなかったアニメや漫画を熱心に勉強し、売れ筋「ではない」作品の衣装を作っては売った。
売れ筋作品のものは大手の業者が格安でフルセット販売しているので勝ち目がないと学んだ結果だった。
大手が作るわけもないニッチなキャラクターの衣装を作っては売り続ける美砂。
彼女自身の技術が向上するにつれて、作る物の全てが飛ぶように売れるようになった頃には、扱うものも複雑で高価な物へと変わっていった。
時には彼女の元へ作製依頼が来ることもあった。
美砂は、入学にかかった費用と、兄に借りたお金をあっという間に返済してしまっただけでなく、月に4万円程度の生活費まで収めるようになる。
高校も公立に入学した。
家から比較的近い、ほどほどの進学校である高徳高校だ。
美砂は高校に入ると同時に衣装の販売を辞め、ファーストフード店とファミリーレストランのバイトを掛け持ちするようになった。
それなりに安定した収入を得ていた衣類の販売をやめた理由は『飽きたから』。
裁縫は異常なまでに上達したものの、元々ああいった細々とした作業は好きではなかった。
彼女は週に4日ほどは、バイトで帰りが遅くなる日々が続いていた。
修治はこれを大層心配して、辞めるよう説得していたが、もうすっかり自立した気でいる美砂は耳を貸そうとはしない。
ちょうど一年前、高校一年の6月ごろのことだった。
23時を過ぎたころ、バイトを終えた美砂が帰宅すると、リビングで修治が険しい面持ちをして新聞を読んでいた。
「美砂、学校の方はどうだ? バイトばかりしているみたいだが」
「大丈夫よ、ちゃんと勉強はしてる」
美砂は冷蔵庫から取り出した自分専用のペットボトルの蓋を開けながら、仏頂面で答えた。
「そうじゃない。いい友達はできたかと聞いているんだ」
「ん? いらないわよ、そんなもの」
いない、ではなく、いらない。
誰の力も借りることなく生きると決めた彼女は、『友達』というある種の依存関係を持つことを断固として拒否していた。
「美砂、バイトを辞めなさい」
「またその話?」
「仕事なら卒業してからいくらでも出来る。嫌でもな。だが学生時代にしかできないことは多い」
「へらへら笑って、毎日を無為に過ごすことかしら? 私はああはなりたくないわ」
いつも通りの不毛な会話の流れだった。
修治はこれについて説教をするのをあきらめて、本題に入ることにした。
「……最近、このあたりも物騒な事件が多い。せめてバイトを日曜の昼間だけにできないのか」
そういって修治が差し出した新聞記事の見出しには『連続強姦殺人事件、高徳市で新たな被害者』の文字。
「週1のバイトでどうやって暮らしていくのよ」
「つまらないことを訊くな。親がなんのためにいると思っている」
美砂はペットボトルの中身を飲み込んでからしばらく黙っていた。
「お前が自立したいと言ったときは、正直嬉しかった。だが、今は何かに意固地になっているだけにしか見えなくなった」
「考えすぎよ。私は、私がしたいことをしているだけ」
「……もう一度言うぞ。バイトを辞めなさい」
「断るわ。私は誰の世話にもならない。父さんたちには感謝してる。けれどこれが私のしたいことなの」