純白の狂気⑦
一時間ほど前。
美砂が一人で病院へと向かった直後のことだ。
朱音と桜はガソリンスタンドで休憩をしていた北組の生徒や保護者に真剣な面持ちで向き合っていた。
「みんな!―――美砂ちゃんね、重症のお父さんが病院で入院してて、どうしても早く助けに行きたいって独りでいっちゃったの。……私と桜ちゃんは今から美砂ちゃんを手伝ってこようと思うんだ!」
生徒たちがざわつき始める。
近い家から順番に回っている北組。
美砂の家は北組の休憩しているガソリンスタンドからはいくらか離れており、まだ優先していかなければならない所がいくつかあるはずだった。
ここで主戦力の朱音が抜けるとなると、進行はままならない。
つまり、朱音は皆にどこか安全な場所で待っていてくれと遠回しに頼んでいるようなものだった。
家族の安否を気にかけているのは美砂だけでなく、誰もが同じであり、これに対して当然不満の声があがる。
そのはずだった。
「いいんじゃね? てか、俺もいくよ」
「私も。風町さん心配だし」
意外なことに、美砂を追いかけるという生徒たちが次々と手を挙げ始める。
「皆、いいの!? 皆だって待ってる家族がいるはずなのに……」
桜は予想外の出来事に困惑しつつ、彼らを見回していた。
「だって、俺たち学校を脱出するときからずーっと風町さんに助けられっぱなしだったし」
「だよね。校庭で犬達から逃がしてくれたのもあの娘だったし」
「僕も行くよ。ここから家近いけど、命の恩人見捨てて帰りましたっていったらきっと親父に殴られる」
「病院か。一番安全かもしれないな。怪我してるやつもいるし、連れていきたい」
「はぁ、風町さん……。お近づきになってみたいなぁ……」
鼻の下を伸ばしている不純な輩もちらほらいるようだったが、何はともあれ美砂を助けにいく方向で満場一致したようだ。
朱音は、桜の目の淵に滲み始めたそれを指の背で拭き取ると、歯を見せて微笑んだ。
桜がぎゅっと結んでいた瞼を開いたとき、その瞳には強い意志と決意が宿っていた。
日々、人に嫌われるための努力を惜しまない風町美砂だったが、どうやらそれはまた失敗に終わってしまっていたようだった。
生徒たちは途中、ホームセンターに寄って武器になりそうなものを購入した。
とはいえ、店にいたのは店長一人で、彼は自分を家に送り届けることを条件に、半値で品物を譲ってくれたのだった。
こんな状況でも最低限の原価を回収しようとするあたりから、彼の商人魂が感じられる。
病院につくと、生徒たちは自動ドアに飛び散っている血痕を見てただ事ではないと感じ、朱音を先頭に、男子から順に急いで診察室の窓を潜っていった。
戦闘に向かない生徒たちは、保護者と共に付近の頑丈そうな商業ビルに立てこもってもらっている。
そして今、美砂を父親の元へと送るべく、生徒たちが狂人たちと対峙する。
「風町さん、『借りは返す』だってさ」
「もしかしたら付き合ったりしてくれるかな」
「アホか。ていうか、借りを返しにきてるのは俺らの方だろ」
男子生徒たちが額に汗を滲ませながら、緊張をほぐそうと真剣に無駄口を叩いていた。
狂人たちは美砂を追うことをあきらめ、生徒たちの中にいる数人の女子を舐めまわすようにして見ている。
「はぁはぁ言ってるよ……きんも」
「なんかよくわからないけど、どうしちゃったのこの人たち」
「げっ、あっちからも来るぞ!?」
生徒たちの背後からは、坂上婦長率いる狂人集団がゆらゆらと体を揺らしながら迫ってきていた。
こちらの狂人たちは皆、手に手術器具やカッターナイフといった凶器を持っている。
『君タチ、だ、ダメじゃなイ……病院デ騒イじゃぁ』
坂上は壊れたおもちゃのように体をがくがくと震わせながら近づいてくる
「何あれ……こっわ。誰かショットガンとか持ってないの?」
「やべえぞ、このままじゃ挟み撃ちだ」
「皆、ここまで登って! 早く!」
桜が叫ぶと生徒たちは一斉に階段の中腹まで登ってから武器を構えた。
彼らを追って真っ先に昇ってきていた細身の狂人は、頭をフライパンで強打されて目を回すと、力なく階段をずり落ちていった。
「この踊り場で食い止めましょうっ!」
小さな勇者の大きな掛け声に、生徒たちは雄々しく声を上げて応えた。