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純白の狂気⑥

 半裸の美砂に対して、9人の狂人たち全員が舌なめずりをしながらゆっくりと近づいていく。


 突破口は見当たらない。


 隙間なく並んでその包囲の輪を縮めていく狂人たち。



「くそお! やめんか! おい、頼む、やめてくれ!」



 薬師寺はそれを止めようと必死で狂人の背中に飛びついていたが、あっさり振り払われて無様に転倒した。


 狂人たちを極力傷つけまいと思っていた美砂だったが、覚悟を決めて包丁を鞘から引き抜く。



「悪いけど、殺してでも突破させてもらうわ」



 包丁を両手にしっかりと握って、それを突き刺すべく肘を引き、走り始めた。



(兄さん、父さんごめん)



 患者を誰よりも大切にする兄に、そして父に、後でどう申し開きをしても許されはしないだろう。


 正当防衛だとしても、患者を自発的に殺したとなればこの病院の誇りには永久に色濃い影が落ちる。


 それでも美砂はここを突破して5階にいるであろう父の元へ向かうことを選択した。



 あと一歩踏み出せば確実にこの出刃包丁は狂人の胸に深々と突き刺さる。


 美砂は覚悟を纏った瞳で、鋭く尖ったその先端の行く末を見つめていた。



 その刃が目の前の巨漢の胸元に触れる。


 床と水平になるように寝かしてあった刃が、助骨の隙間を縫って侵入し、心臓を引き裂く。


 その予定だった。


 美砂はたたらを踏みながら、突然に消えた分厚い胸板を探して辺りを見回した。


 やっと発見した巨漢は、今まさに地面に落下しようとしているところだった。


 落下直後、窓ガラスがその激突の振動にガタガタと音を立てて震える。



 投げっぱなしジャーマンスープレックス。


 背後から相手の腰の辺りを掴んで体を逸らせながら後ろへと放り投げるプロレスの禁じ手。


 巨漢は遠方の天井に打ち付けられてから、そのまま垂直に落下したのだった。


 美砂は足元でブリッジをしていた朱音の顔を踏みつけそうになるも、なんとかブレーキをかける。



「やだ、美砂ちゃんたら大人……」



 そこで何を見たのか、朱音は頬を赤らめながら立ち上がると、狂人たちに劣らない、下卑た微笑みを浮かべた。


 美砂は呆気にとられながらも朱音の方へ向き直る。



「あんたら、なんでここに……」



 よく見ると、朱音の他にも20名近くの生徒たちが狭い通路に押しかけていた。


 中には女子生徒も多く含まれており、彼女たちは地面に突っ伏している巨漢の男をロープで縛り始めていた。



「風町さん、応援にきたぜ! って、なんつう恰好してるのさ」



 男子生徒の一人が美砂のはだけた胸元を恥ずかしそうに眺めていると、やっとそれに気が付いた美砂は破れたブラウスとカーディガンを手早く結び直して、彼を睨み返した。



「風町さんってこんなおっきな病院の娘さんだったんだね、いいなぁ」


「ですよね。風町様、キレイで強くってお金持ちなんて、なんだか少し腹が立ってきました私」



 最後にそういったのは桜だった。


 桜は頬を膨らませながら、床でぐるぐる巻きにされている巨漢の背中を、腹いせにバシバシと叩いていた。



「桜、あんたまで……」


「風町様、ここは私たちに任せて先を急ぐのです!」



 桜はどこから手に入れたのか、大きなフライパンを取り出して顔を覆いながら、覆面ヒーローよろしく叫んだ。


 そしてパッとそれをどけて顔を覗かせると、歯を見せながらニカリと微笑む。


 よくよくみると他の生徒たちもそれぞれ、ハンマーやらツルハシやら、武器になりそうなものを手に持っていた。



「親父さんやばいんだろ!? 早く!」


「がんばって風町さん!」



 呆気にとられている美砂を、生徒たちが口々に励ます。



「あんたら……。後で覚えてなさいよ、必ず借りは返すわ」



 そういって階段を上り始める美砂にやっと気が付いた残りの狂人たちが、慌てて後を追おうとするも、生徒たちが次々と立ちふさがってそれを妨害する。



「デーモンさん、風町様をお願いします!」



 朱音は「ラジャー」と叫びながら、生徒たちとにらみ合っている狂人たちの頭上を軽々と飛び越していった。



「ま、まて、俺も行く!」



 薬師寺が走り出そうとすると、野球のユニフォーム姿の男子生徒が金属バットを彼に投げてよこした。



「監督、たまにはカッコいいところを見せてくださいよ!」


「馬鹿もん! いつも見せてるだろうが! お前ら、無茶するなよ! あとそいつらもなるべく傷つけないでやってくれ!」



 薬師寺の背中が見えなくなると、生徒たちは怒りに我を忘れている狂人たちに向き直って、ごくりと喉を鳴らした。

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