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純白の狂気④

「信じたくはありませんが、薬師寺先生がおっしゃることなら信じざるを得ないですね」



 大智は混乱した頭を冷やそうと、額に手を置いて瞼を閉じる。


 しばらくの静寂の間、この状況をどうするべきか、各々が思案を巡らせていた。



「ごめん兄さん、私やっぱり……」



 美砂がおずおずと切り出すと、大智の表情が再び険しいものに変わる。



「美砂、今はこの状況を打開することが先決だ。父さんのことは後にしろ」


「そんなこと……できるわけないじゃない。父さんがああなったのは私のせいだもの……私一人でも行くわ!」



 美砂は入り口の鍵つまみを手早く回して扉に手を掛けた。



「おい、よせ!」



 薬師寺が咄嗟に彼女の手を掴む。



「邪魔をしないで。臆病なあんたはここにいればいい」



 邪魔をすればただでは済まさない。


 美砂はそういった類の追い詰められた瞳を薬師寺へと向ける。


 それでも手を離そうとしない薬師寺に対して、彼女は体全体でぶつかって跳ね飛ばすと、そのままドアを開けて出て行ってしまった。



「風町!」



 薬師寺は慌てて飛び起きると、すぐにその後を追うべく閉まりかけていた自動ドアの隙間に手を掛けた。



「薬師寺先生、構いません、あの子は放っておいてください!」



 大智はそう叫んだあとで、奥歯を力いっぱいに噛みしめる。



「大智先生。あの子は僕が守ります。院長ご夫妻との約束もありますが、そうでなくてもあの子は俺の生徒ですから」



 薬師寺の瞳はいつになく真剣な色をしていた。



「けれど、あのバカの勝手な行動で貴方にまで何かあったら―――!」


「あの子はまだ子供さ。みーちゃんのままだ。……でもきっといつか分かってくれるよ、大智君の気持ちも。それまでは大人が守ってやらないとな」


「―――分かりました。あいつをよろしくお願いします。先輩もどうかご無事で」


「大丈夫だ。修治先生にもらった大切な命だ、絶対に無くさない。たとえどんなにみっともなくても」



 薬師寺が諭すように言ってから手術室をあとにすると、大智は閉まり始めた自動ドアへ向かって深々と頭を下げた。



――――――――――



「どきなさい!」



 美砂は手術室前の通路を出た辺りで、ぼうっと天井を眺めていた狂人を蹴り飛ばすと、スカートの折り目をひらつかせながら着地をした。


 と同時に、非常階段のある方へと一気に走り出す。


 しかし、非常階段付近には、やはり狂人の集団がたむろしていた。



 (ちぃっ! 邪魔くさいわね!)



 美砂はすぐに踵を返して受付ロビーの方へと向かうと、そこから長く伸びる通路を渡って別の階段を目指す。



 (こっちは手薄ね)



 目的の階段が遠目に見えた。


 どうやら狂人の姿は無いようだった。


 彼女は少しだけ頬を釣り上げると、地面を蹴る足になおさら力を込める。



 (待ってて父さん、必ず助けるから)



 階段の上り口でその手すりを掴んで、勢い任せに手早く曲がった直後だった。


 美砂の体が唐突に弾き飛ばされて宙を舞う。


 壁に背中と後頭部を打ち付けてしまった彼女の呼吸と思考が、しばらくの間完全に停止した。


 ぼやける視界の中、眼前には美砂が衝突した相手であろう、ひときわ大柄な男の姿。


 その背後に見える踊り場では別の狂人たちがひしめき合いながら、誰かの体に覆いかぶさっていたが、美砂の存在に気が付いた彼らは体を起こして、その狂気に満ちた視線を一斉に向けてくる。 


 どうやら男どもに組み伏せられていたのは白衣を無残に引き裂かれ、乳房を晒した女性看護師のようだったが、すでにこと切れているのか、ピクリとも動く様子が見られない。


 恐らく男ばかりのこの狂人集団に首を絞められるなりで殺され、凌辱されていたであろうことは容易に想像できる。


 そして彼らは若く、美しい新たな標的を見つけて、歓喜の声を上げる。



「ワカイ……オンナ……」


「オ……殺ソ……犯ソ」



 合計で9人の狂人たちは階段をゆっくりと降りてくると、未だ立ち上がれずにいる美砂を取り囲んで下卑た微笑みを浮かべていた。


 そして大柄な狂人が真っ先に彼女に手を伸ばして抱き寄せる。


 男が美砂のか細い首筋をその大きな手のひらで握りつぶすと、彼女は口を半開きにして苦痛に顔を歪めた。


 うっすらとグロスののった美砂の唇からは喘ぎと共に唾液が伝って落ちていた。


 それを見て興奮したらしい巨漢の男は、彼女の頬を伝う雫をねっとりとなめ上げてから、そのまま太い舌を美砂の口内へ捻じ込むべく近づけていく。


 その汚らわしい舌先がわずかに侵入したそのとき、美砂は苦しみながらも不敵に微笑んだ。

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