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風町美砂の焦燥①

春樹たちがナイアーラトテップと戦っていたころ、三島朱音、風町美砂、宝木桜、薬師寺満が率いる一団は、北への帰路を進んでいた。



「ふぅ。何とかなったね」



 三島朱音は北組を取り囲んでいた魔物の最後の一匹を仕留めると、額を拭いながらそう呟いた。



「た、大したことなかったな」



 薬師寺満が地べたに座り込んで肩で息をしながら空を見上げる。



「あんた一匹しか倒してないでしょうが……」



 風町美砂が包丁にべったりと付着した魔物の血を払いながらそう言って十分に軽蔑すると、薬師寺は片手に持っていたバットの先端を美砂に向けて、声を絞り出した。



「あんたとはなんだ……や、薬師寺先生……だろうが……」



 フルマラソンでも完走したかのように、疲弊しきった様子で薬師寺が叱咤する。


 美砂が無視を決め込んで額を拭っていると、宝木桜が駆け寄ってタオルを差し出した。



「風町様、カッコよかったです!」


「あーもう。あんたはそればっかりだし……」



 相も変わらぬ桜の羨望の眼差しに対して、美砂は再び深いため息を吐き出すと、タオルを受け取って頬を拭った。



「本当に、傷はもういいの?」



 美砂が包帯の巻かれた桜の腕を横目に見ながら問いかける。



「はいっ。天羽君がつけてくれたお薬のおかげで」


「薬?」


「はい、赤い色をしたお薬で――――」



 それは昨晩、ほとんどの生徒が眠り始めた深夜の話。


 桜は毒から復帰はしたものの、ひどく疼く傷口のせいで眠れずに、ぎゅっと唇を結んでそれに耐えていた。



『君、腕を怪我してるのかい?』



 背丈の大きな少年が桜の側にしゃがみ込むと、その手に巻かれた包帯をじっと見つめてそう言った。



『は、はい。ちょっとモンスターに噛まれちゃいまして……』



 桜はガルムに噛まれた時のことを少し思い出して、表情を曇らせる。



『それは怖い思いをしたね……。よかったら傷口を見せてくれないかな。よく効く傷薬があるんだ』



 桜は目の前の少年が興味本位で傷口が見たいと言っているわけではないことを察すると、その包帯をゆっくりと解いてガーゼを剥がした。



『うっ、痛そうだ……』



 上腕を抉った噛み痕の周りは、潰された肉から染みだした組織液で湿っていて、傷口だけでなく外輪の肉までぐずぐずに成り始めていた。


 春樹はポケットから赤鬼が落としたポーションを取り出すと、彼女の手を少しだけ持ち上げてから中身を半分ほど傾けた。


 その赤い液体は傷口に触れるとあっという間に蒸発していく。


 桜は両目をぎゅっと瞑って、その刺激に耐えていた。



『多分これで大丈夫』



 春樹が包帯を丁寧に巻き直して結び目を作ると、桜はゆっくりと瞼を開けてその腕を見返した。



『痛く……ない』



 包帯の上から腕をさすってみるが、先ほどまでの痛みと不気味な凹凸はすっかり無くなっていた。



『よかった。明日、包帯を取って腕を洗っておくといいよ。血の跡がまだいっぱい残ってるからね』



 そう言って優しげに微笑む春樹を見て、桜は少し顔を赤らめながら黙って何度も頭を下げた。




「ちょっとかっこよかったなぁ……。あっ、でも風町様ほどじゃあないですよ!」


「あんたそれ完全に下級生だと思われてるわよ。ていうか、ちょっと傷口見せてみなさい」



 美砂は少し焦った様子で包帯を手早く解く。


 固まった赤黒い血液が広範囲に付着していたが、唯それだけだった。


 傷穴はどこにも見当たらない。



「どうやったらあれが一晩で治るって言うのよ……」


「それきっとポーションだね! 飲んだ? あれ、超美味しいんだよ。いいなぁ桜ちゃん」



 驚愕に顔が強張っている美砂をよそに、朱音が指を咥えて羨ましそうに桜を見つめる。



「いえ、飲んではないです……。てゆーか、デーモンさんは話しかけないで下さいっ」



 美砂の声色を真似て、精いっぱい怖い顔を作って威嚇する桜だったが、朱音はその膨れた頬を指でつつきながら笑っていた。


 どうやら桜は、美砂が朱音のことを「敵」だと言ったのを真に受けているようだった。



「いひひ、春ちゃんかっこよかったでしょー」



 朱音がそう言って嫌らしい笑みを向けると、桜は顔を赤らめ、慌ててそっぽを向いた。


 朱音は地を蹴って宙返りをすると、彼女の正面に着地をして、その肩をがっしりと掴む。



「ふふふ、同志よ、照れるでない」


「何のことかわかりませんが、一緒にしないでくださいっ」


「春ちゃんのかっこよさに気付いた同盟作ろうよ! もちろん会長は私だよ!」


「もう、うっとおしいし、意味わかんないし、あっち行って下さい!」



 桜が一生懸命に手を伸ばして朱音の胸を突き飛ばそうとするも、彼女は微動だにすることなく嬉しそうに笑っていた。


 一方の美砂はひどく焦ったような面持ちで、眉根にしわを寄せて考え事をしているようだった。



「ねえ、プチデーモン。ちょっといい?」



 神妙な面持ちの美砂が声をかけると、朱音は不思議に思って彼女に付いて歩き始めた。




 皆のいる場所から離れて小道に入ると、美砂は川辺のガードレールにもたれ掛かりながら腕を組んだ。



「あんた、そのポーションっとかいう薬を飲んだって言ってたわよね」


「うん」


「どこか怪我でもしていたの?」


「折れたあばら骨が肺に突き刺さってたみたい」


「……」


「でもね、春ちゃんが手に入れてきてくれたポーションのおかげで、あっという間に治っちゃった」


「天羽春樹ね……連絡取れる?」


「いいよ、電話してみよっか。私も春ちゃんと話したかったし」



 朱音は嬉しそうにIFを立ち上げると、「コミュニティ」「フレンド」と押してから、一番上にある春樹のIDに触れた。


 呼び出し中の文字が画面の中央に表示される。


 しばらくすると、一瞬画面が暗くなった後で春樹の顔がそこに映し出された。



『なんだ、朱音か。どうした?』


「やあ春ちゃん。そっちの調子はどう?」



 朱音が尋ねると、春樹は困ったような顔をしながら言葉に詰まっていた。



『まあ、色々と有った……』



 ナイアーラトテップによって数名の仲間を失った直後ではあったが、それを口にすれば、朱音たちにも不安が広がりかねないと気遣って言葉を濁した春樹。


 朱音はすぐにそれを察し、「そっか」とだけいって悲しげな顔をしていた。



「天羽。聞きたいことがあるの」


『ん、誰の声だ?』



 朱音はそっとIFの画面を美砂の方に向けた。



『ああ、風町さんか。なんだい? 聞きたいことって』


「ポーション。この娘の折れた骨や傷ついた肺を治したって本当?」


『本当だよ。折れた骨は塗って直したし、肺の傷は飲ませて治した』


「……それ、まだ持ってる?」


『ああ、持ってるよ。瓶に半分ほどと、新しい二本がこっちにある。誰か怪我をしたのかい?』


「いえ、今のところ順調よ。けど、どうしてもそれが必要なの。一つ譲ってくれないかしら。もちろんただでとは言わない。差し出せるものなら何でも差し出すわ」



 たとえこの身であっても、と付け加えそうになったが、それはきっと朱音が許さないと思い直して言葉を飲み込む美砂。

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