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彼らの帰路④

「天羽君って三島さんの彼氏―――じゃないの?」

「さっき言った通り、俺はただの保護者だよ。見張ってないと無茶をするからな、あの子は」

「ふぅん。でも三島さんは天羽君のことすごい好き、だよね」

「困ったことにね」


 春樹は苦笑いを浮かべて頬を掻く。

 麻衣は朱音の姿を空に思い浮かべながら質問を続ける。


「んー、三島さんすごく可愛くて元気いっぱいで、男子にもファンが沢山いるくらい人気なのに、なんで付き合わないの? お似合いだと思うんだけどなぁ、天羽君もイケメンだし!」

「あはは、ありがと。まあ、色々あってね」


 春樹は好奇心に輝くその瞳と、無邪気な社交辞令をさらりとかわして答えを濁す。


「気になるぅ」

「気にしないで」


 春樹の閉じた瞼の裏で、中学時代の朱音の姿がフラッシュバックする。

 思いつめたような瞳、傷だらけの拳、あざだらけの体。


 朱音は中学に入学すると同時に母親が蒸発して以来、当時は相当に荒れていた。

 母は格闘技バカでロクに稼ぎもない夫に対して愛想を尽かせて出て行った。朱音はそう思っているらしい。

 だから彼女は、ジムが繁盛して安定した収入が得られるようになれば母親が帰ってきてくれると信じて疑わない。


 春樹と朱音の出会いは二年前、中学3年の秋。

 ひょんなことから朱音は春樹に勝負を挑み、敗北する。

 朱音は人生で初めて喧嘩に負けて、それ以来すっかり春樹に夢中になってしまった。

 春樹は惚れた弱みにつけこみ、今後の生活において一切の暴力行為を禁止とすることを条件に、彼女がそばにいることを許したのだった。


(あいつが俺のことを好き、か。俺は人に好かれるような人間だとは思えないよ)


 答えをはぐらかされて隣でむくれている麻衣をよそに、春樹は心の中でそう呟いた。




 あれから東組は2度ほどモンスターと出くわしたが、春樹と池本たちの奮闘の甲斐あって、無事に目的地の住宅街までたどり着いていた。

 どうやら新興の住宅地のようで、外観の似通った新築家屋が幅広で緩やかな下り坂の淵に器用なバランスで並んでいる 

 そのうちの一つを指さして池本達也は叫んだ。


「見えたぞ、西中ん家!」


 達也が指さす先にあったのは、取り巻きの一人、西中悟にしなかさとるの家だった。

 

「ちょっと行ってくる!」


 悟は皆に手を振りながら笑顔で駆けはじめる。

 他の生徒たちも、その弾む背中を笑顔で見送った。

 歩き疲れた生徒たちの一部は、気が抜けたのか、そのままアスファルトの地面に腰を降ろし始めていた。

 すると、彼らの声に気が付いた周囲の住民たちが、様子を覗うべく窓や玄関から顔を覗かせ始める。


「お騒がせしてごめんなさい、高徳高校です。今集団下校しているところなんですっ」


 誰かが声を上げてそう説明をすると、住民たちは慌てて窓を締めた後で、それぞれの玄関から飛び出してきた。

 一番最初に出てきた中年の女性が、達也の肩を掴んで揺さぶる。


「君たち、高徳高校の生徒さんなのよね!? 一体どうなっちゃってるの!? ねえ!」

「ちょっ、おばさん、落ちつけよ!」

「外はわけのわからない生き物がうろついてるし、警察にも全然連絡つながらないし!」


 達也はその勢いに面食らい、唯々汗をにじませながら中年女性の左腕につけられた黒い腕輪、IFを見つめていた。

 どうやらこの一連の出来事は本当に世界中で起こっていることなのだろうと、達也はことの重大さを改めて認めた。


「高徳って言えば、天羽って子がいるところじゃないか!? この中にいるのか!?」


 今度は大学生くらいの青年が声を上げた。

 他の生徒がつい、その視線を春樹に向けたことで、住民たちの顔色が変わる。


「君か! 君はこの状況について詳しいんだろう!? 頼む、細かく説明してくれ!」

「息子が熱を出してて、病院に連れて行きたいの!!あんたとっても強いんでしょう!?手を貸してくれないかしら!?」


 わっと群がった住民たちが次々と春樹に質問を投げかける。

 いや、ぶつけると表現すべきだろうか。


 どうやら彼らも世界改変の原因であるクラッカーと天羽春樹の会話を聞いていたらしく、春樹なら何か詳しい事情を知っているのだろうと思い、答えを求めて、あるいは助力を求めて殺到していた。


 ようやくその状況を飲み込んだ高徳高校の生徒たち。


「な、なんか大変なことになってきちゃったよ、天羽君……」


 春樹の隣にいた鷹野麻衣が怯えてわずかに身を寄せながら言った。


「皆さん、落ち着いて下さい。僕も状況が掴めているわけではありません。今は生徒たちを自宅まで送り届けている最中で、お力になることは難しいです」


 春樹がなるべく穏やかな口調で諭す。

 彼らを助けたいのは山々だったが、今は生徒たちを家に送り届けるのが精いっぱいであり、別の目的を持っている人間を連れて歩くとなれば、あっという間にその集団は統率が取れなくなる。

 それも、こんなに混乱しきった状態ではなおさら危険だ。

 春樹は詰め寄られ、責め立てられても、じっと堪えながら落ち着かせようと努めていた。


「いい加減にしろよ! いい大人が高校生に寄ってたかって、なに無茶苦茶いってんだ!」


 達也が声を荒げながら春樹と住民たちの間に割って入る。


「よせ、池本!」

「でもよ、天羽……」


 達也が振り返って心配そうに天羽を見つめたその時だった。


「どいてろよ! 説明してほしいっていってるだけだろう!」


 そう言って若い男が達也の胸を突き飛ばした。

 これには達也も怒りが抑えきれなくなり、相手の頬を殴りつけてしまった。

 学生、住民、どちらも疲弊し、気が立ってしまっている。

 こうなるともはや衝突を回避するのは不可能だった。

 地面でもつれ合うようにして喧嘩をしている二人を止めようとした春樹だったが、そのときにはすでに、そこかしこで住民と生徒たちがぶつかり合って、悲鳴や怒声が沸き起こっていた。


「やめて! 池本君も、皆も!」


 鷹野麻衣の必死の叫びも空しく、彼らはお互いにストレスをぶつけ合うようにして掴み合い、罵倒し合っている。

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