脱出②
「す、すげぇ……」
健吾は口を半開きにしたままそれを眺めていた。
次々と飛びついてナイフを突き立てようとするゴブリンたちを、朱音は右へ左へとステップしてかわしていく。
そして回避と同時にその顔面めがけて拳を、肘を、膝を、的確に打ち込む。
「春ちゃん! そっちいったよ!」
「ああ、わかっている」
朱音の脇を抜けた二匹のゴブリンが出口へ向かう生徒を狙って飛び跳ねていく。
春樹はその前に立ちふさがると、器用にも一匹の頭を掴んで健吾に投げてよこした。
「先輩、トスです」
驚いた健吾だったが、あまりにも打ちやすそうなその放物線に対して、体が勝手に反応した。
バットの芯がその脇腹を捕えると、眼前の群れの頭上を飛び越して廊下の奥へと消えていく。
間髪入れず、春樹は簡単に二匹目の頭を掴んで、また健吾に投げてよこした。
「ナイスバッティングです、大喜田先輩」
今度は弾丸ライナーの如く低く吹き飛んだゴブリンが朱音の脇をすり抜けて、奥にいた他のゴブリンたちに直撃しまとめて3匹が煙となって消えてしまった。
「てか、器用なもんだな、天羽君」
いくら春樹がレベル9とはいえ、ああも易々とゴブリンの頭を掴んでいるところを見せられると、感嘆の声が漏れるのも無理はない。
「ゴブリンたちはいつも、人の首くらいの高さまで跳んで、ナイフを振る。これしかしません」
「ええ!? そうなのか!?」
健吾は半信半疑に、朱音に跳びかかっているゴブリンの動きを見つめ直した。
そして、春樹の言うとおり、それは滑稽なほどに単調な動きしかしていないことに、やっと気づいたのだった。
「うーわ、マジだ……。なんでこんなことに気付かなかったんだろ」
「ナイフを縦に振るか、横に振るか、その程度のレパートリーしかないでしょう?」
「これはひどい……」
「昨晩、朱音と一緒に教室を抜け出して、こっそり研究していましたので」
「じゃあ、このことは三島さんも知ってるのか?」
「はい」
「そりゃ、なおさら負けるわけがないよな……」
独りでゴブリンの群れを圧倒している朱音を見つめながら、健吾は胸をなで下ろした。
『ミシマ アカネハ レベルガ アガッタ』
朱音がまとめて2,3匹を蹴り飛ばした辺りで、ファンファーレが鳴り響いた。
ダメ押しのレベルアップ。
動きの鈍くなったゴブリンを、ここぞとばかりに3人がかりで叩きのめす。
「大喜多先輩、全員校舎から出ました、もうOKです!」
タイミングよくそう声を掛けたのは梶浦だった。
「分かった! いこう、天羽君、三島さん!」
健吾が声を上げると、転倒したゴブリンに丁寧にチョップを打ち込んでいた朱音の手を引いて、春樹は走り始めた。