合流④
天羽春樹は生来、人と深くかかわることを苦手としていた。
いや、多くの人が天羽春樹と関わることを苦手としていると言うべきか。
表面上は社交的にも見えるし、礼儀正しく、明るい一面もある。
しかし、彼の言動はどこか達観していて、掴み所がなく、深く踏み込んではいけないような気にさせてしまう。
彼自身、なぜか生きている心地がしておらず、どんなことに対しても夢の世界の出来事のようにとらえてしまうきらいがあった。
たとえ自分が怪我をしてもまるで他人事。
好意に対しても敵意に対しても平等に冷静であった。
もしかすると早くに母親を病気で失ったことによって心が壊れているのだろうかと思うこともあったが、それ以前から他人とは生きることに対する情熱の差を感じていた。
平たく言ってしまえば、自暴自棄の異端。
異端者は異端者にしか理解されないのだろう。
唯一の理解者といえば、朱音くらいのものだった。
異端が服を着て歩いているような朱音の側にいると、自分が至極普通に思えて、居心地が良かった。
一方、ライアンはというと、しばらく児玉浩太と楽しげに話していたようだったが、あっというまに横になって眠り始めていた。
女子たちがその涼やかな寝顔を眺めながら何やら騒いでいたようだったが、彼は眉ひとつ動かすことなく寝息を立てている。
朱音は風町美砂と宝木桜のところで何やら話し込んでいた。
「美砂ちゃん、無事だったんだね」
「げっ。プチデーモン……」
美砂の顔がめずらしく強張る。
さらにめずらしいことに、いつも一人で行動している美砂が幼げな女の子と並んで腰かけていることに気が付いて、朱音は少女に軽く会釈をしてみる。
「えっと、こんばんは。あなたは?」
「宝木桜っていいます。風町様の弟子です」
「ほえ……。お弟子さんかぁ。あっ、私は美砂ちゃんの友達やってます、三島朱音です。よろしくね」
朱音は財布から名刺を一枚引き抜くと、桜の手を取ってそれを握らせた。
道場の宣伝が記載されているその名刺を眺めながら、桜は目をぱちくりとさせる。
「いつから私たちは友達になってたの? それと、桜。あんたも弟子なんかにした覚えはないわよ」
美砂は不機嫌そうに眉間にしわを寄せていた。
「はぁ。相変わらずつれないなあ美砂ちゃんは。んで、いつになったらうちの道場に入門してくれるのかな?」
「あんたこそいつになったらあきらめるのよ。大体、何で私が格闘技なんて汗臭いことしないといけないの」
「美砂ちゃんの汗はきっと臭くないよ! グッドスメルだよ!」
朱音は力説しながら美砂の脇を狙って鼻を近づけようとするも、頬がひしゃげるほどに押し返される。
「嗅ぐな。ほんとに汗かいてて気持ち悪いのよ」
「冗談だよう。だって、美砂ちゃん強いし美人だから、入ってくれればきっと入門希望者が増えると思って……」
美砂は頭を抱えながら、朱音と初めて出会ったときのことを思い出していた。。
半年ほど前。
昨年のクリスマスイブのことだった。
雪がちらつく中、独りで下校していた美砂は、帰宅途中に柄の悪そうな二人組の男たちに声を掛けられていた。
いわゆるナンパである。
「興味ないわ。女が欲しいならちゃんとお金を払って風俗店に行きなさいよ」
当然のごとく美砂は男たちに辛辣な言葉を投げつけていたが、それでも彼らはしつこく彼女の前に立ちふさがった。
しまいには強引に彼女の手をとってどこかへ連れて行こうとする素振りを見せ始める。
とうとう頭にきた美砂が、一人の股間を蹴り上げると、激昂したもう一人の男が彼女の頬を打つべく手を振り上げた。
しかし、美砂は頭を少しだけ低くしてそれをかわすと、逆にその男の頬に痛烈な平手打ちを打ち込んだ。
男はなおさら顔を真っ赤にして、再び美砂の頬を目がけて平手を振るが、やはり当たらない。
そしてまた美砂が男の頬を力いっぱいにひっぱたく。
まるでコントだった。
それが幾度となく繰り返されたあとで、男たちは腫れた頬と股間を押さえながら涙を浮かべて去って行った。
美砂はつまらなそうにため息を吐き出して、足元の鞄を拾いあげる。
その時、不意に背後から異様な気配を感じて彼女が振り返ると、その視線の先では三島朱音が電柱の陰に息をひそめながら不気味に微笑んでいたのだった。
「はぁ。男に絡まれる方がよっぽどましだったわ……。私もう寝るからあっちに行きなさい」
美砂がしっしと手首を振りながら横になると、朱音は唇を尖らせて春樹の元へと下がって行った。
「風町様。さっきのかわいい女の子はどなたですか?」
桜が少し不安そうに尋ねる。
「悪魔よ。子猫の皮をかぶった」
「じゃあ、敵ですか?」
「もちろんよ。気をつけなさい」
美砂が欠伸混じりにそう呟く一方で、桜は健気にも、噛みつきそうな顔をこしらえて立ち去る朱音の背中を睨んでいた。