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パニック⑤

「ふ、ふざけんなよ! くそ! もういやだ! もう俺は家に帰るぞ!」



 その叫びにゴブリンたちが一瞬だが怯んだ。


 彼は慌てて立ち上がり、中庭へと続くガラス扉の鍵つまみに手をかけた。


 

「よすんだ!」



 兼光の制止の声など最早彼の耳には届いていない。



「あっはは。そうだ、俺は家に帰ってご飯を食べて、風呂に入って、温かいベッドで眠るんだ……!」


 

 彼は扉を勢いよく開け放つと、校庭のほうへと向かって走って行ってしまった。


 彼を取り囲んでいたゴブリンたちは呆気にとられてそれを見ていたようだったが、特に追いかけるでもなく、兼光たちの方へと振り返った。



「まずいな、あのままだと外のモンスターたちも入ってきてしまう」


「そんな心配している場合じゃないぜ。ど、どうするこれ?」


「そうだな。いっそ戦ってみるかい?」


「冗談だろう。数が多すぎる」


「それなら一か八か突破して階段を上がるしかないだろうね」



 兼光がごくりと喉を鳴らす。


 おそらく逃げる素振りをみせた瞬間に、奴らは一斉に飛び掛かってくることだろう。

 

 きっと無事では済まない。

 

 それでも命を拾うためには、命を懸けて突破する覚悟を決めるしかなかった。

\

 二人の体は意志とは無関係に震えていた。



「汚物は消毒よ」



 唐突に聞こえてきたその声はどうやら風町美砂のものだった。


 彼女は階段の上り口と兼光たちを隔てて広がるゴブリンの群れに向けて消火器の中身をぶちまけると、空になったそれを手近な群れへと適当に投げつける。


 空の消火器はそのうちの一匹に見事命中すると、跳ね上がってから落下して、大きな音を立てる。


 ゴブリンたちはもう訳もわからず、目と耳を塞いでいた。



「か、風町さん!?」


「早く上がってきなさい!こんな数、私たちだけじゃ手に負えないわ!」



 消火剤によって視界を奪われたのは兼光たちも同じであったが、その声を頼りに走り始めた。





 兼光と健吾は3階の多目的教室に逃げ込むなり揃って膝を折り、口や鼻の奥に入り込んだ消火剤を堰込んで吐き出した。


 美砂は「だらしない」とだけ言って涼しい顔で桜の側に戻っていった。



「生徒たちが次々と帰ってきましたが、一体何があったんですか?」



 梶浦が二人の前にしゃがみ込んで心配そう様子を覗っていた。



「ど、どうもこうもねえぞ。一階はもうだめだ」


「恐らく今ここにいない生徒は……全滅してる」



 それを聞いた他の生徒たちから悲鳴が上がる。



「か、確認してくれないか。何人戻ってきて、何人いなくなった」



 兼光が息を整えながらそういうと、梶浦は戻ってきた生徒たちから事情を聞き始めた。






「二階、三階にいた生徒は全員無事でした。戻って来ていない生徒は合計で……18人です」



 梶浦が報告を終えると、顔を伏せてうずまっていた若松が、それを聞いていっそう身を縮めて震えだした。



「若松!なんでお前だけ避難誘導もせずに真っ先に帰ってきてんだよ! なんであのとき、俺たちにすぐ報告しなかった!!」



 たまらず健吾が若松の胸倉をつかんでひっぱり起こし、力任せにその頬を殴った。


 若松は床に這いつくばりながらも目を剥いて激昂する。



「お、おれは悪くねえ! 皆の気持ちを代弁しただけだ! そうだ、斎藤が嘘の情報を教えたせいだ!」


「なんだと……!」



 若松のあまりにも勝手な言い分に健吾がなおさら怒り、再び彼を引っ張り起こして拳を握る。


 しかし、兼光はその腕を掴むと「健吾、待ってくれ」とそれを諫めた。



「若松。僕が君に嘘の情報を教えたという意味について、詳しく話してくれないか」



 兼光の口調はあくまで丁寧だったが、若松にはそれがなおさら恐ろしく感じられた。


 彼は先ほどまでの威勢を失って、口ごもるようにして答えた。



「あ、あいつらがあんなにいるなんて聞いてなかった……。奴ら、理科実験室から一気に噴き出してきたんだ」


「理科実験室?」


「ああ、そうだ。そしてあいつらが人間の血を吸って増えるなんてことも、俺は聞いてなかった!」


「なんだって!?」



 兼光たちの顔色が一変する。



「若松。お前適当なこといってないだろうな。神田と澤本がやられたときにはそんなことはなかったぞ」



 健吾が苛立ちを隠さずに問いただす。


 最初に犠牲になった剣道部員たちのことを思い出してみるに、ゴブリンが血を吸うような素振りは全くなかった。


 奴らは仕留めた獲物の遺体を無慈悲に弄ぶばかりだったはずだ。



「ほ、本当だ。俺ははっきりとこの目でみた! やつらが吐き出した血の中から新しいゴブリンが産まれたんだ!」



 若松は自分の見てきた光景をつぶさに語った。


 信じがたい話ではあったが、若松の言葉に嘘が混じっているようには思えなかった。



「部長。一階から戻ってきた生徒の話によると、最初に悲鳴が聞こえたのはやはり理科実験室のようです。あそこには当初、三人の生徒がいたそうです」


「その三人は……」


「残念ながら戻ってきていません」



 梶浦が首を振ると、兼光は少し考えてから結論を口にした。



「その三人がゴブリンの生き残りに襲われ、やつらはその血を吸って一気に増えたと考えるのが妥当か……」


「でもなんで神田と澤本がやられた時は、血を吸わなかったんだろう」


「確かに、そこには矛盾は残るね」



 二人が難しい顔をしていると、児玉浩太が口を開いた。



「その答えはここにありそうですよ」



 浩太はインターフェイス画面を見ながら呟いた。



「皆さんも開いてみて下さい」



 浩太に促されて兼光たちもスイッチを入れる。


 すると、画面の左上に見慣れないアイコンが出ていた。



「新しい呟きがあります? なんだこれ」



 その文字に指で触れると、画面が切り替わり、吹きだしのようなものが画面上に現れる。



『よう、生きてるか情報体ども。改変初夜だな。夜は魔物がパワーアップするから、あんまり出歩いちゃ危険だぜ?ってもうおそいかwwww?』



「これってもしかして……」


「天羽君がクラッカーと呼んでいたあの男か」


「こういうことのようですね。多分ゴブリン達が繁殖できるのは日が沈んでからなのではないでしょうか」



 浩太が言うと、皆納得した様子で頷いた。


 状況は最悪だ。


 外に闊歩する犬型の化け物だけでなく、一階には数えきれないほどのゴブリンが沸いてしまい、彼らは完全にこの校舎に閉じ込められたことになる。


 そして18名の死者。


 場を支配する重々しい空気はいっそう濃くなり、誰もが自らの死を意識しはじめていた。 

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