パニック④
そう、ゴブリンが新たに産まれたのだった。
しかもご丁寧にもナイフやボロボロの革の服まで身に着けた状態で、だ。
「ま、まさかこいつら……人の血を吸って増えるって言うのか!?」
今、理科準備室には4つの死体があった。
一つは理科教諭の田崎の死体。
そしてあと3つはそれを発見した生徒たちのものだった。
兼光の情報に嘘はない。
田崎の血を吸って増えたゴブリンは、3名の生徒たちの生血を糧にさらに増殖し、そして今、さらに多くの生徒の犠牲を元に、その数を数えきれないばかりに増やしていた。
「じょ、冗談じゃねえ!」
若松は階段を死に物狂いで駆け上った。
すれ違う生徒に危険を知らせることもなく、一階から聞こえる悲鳴に耳を塞ぎ、ひたすらに多目的教室を目指す。
「や、やばい……。やばいやばいやばいやばい!!!!」
教室の扉を開けるなり頭を抱えて床に伏せてしまった若松をみて、兼光が駆け寄る。
「何があった!?」
「お、おれは悪くねえ。悪くねえんだ!」
若松は震える声で床に許しを乞うている。
「いいから、何があったか言うんだ!」
健吾が横から激しく叱咤する。
しかし若松は首を振るばかりで何も言おうとしない。
兼光と健吾は顔を見合わせると、梶浦に多目的教室の守りをまかせて走り出した。
「皆早く、多目的教室へ戻るんだ!!」
兼光と健吾が声を張り上げながら三階から二階、一階へと走る。
三階と二階の教室を探索していた生徒たちは、一体何があったのかと兼光たちの通過していった階段の方へと集まって、吹き抜けから階下を覗いていた。
しかし、階下からただならぬ様子で駆け上がってくる数名の生徒たちの青ざめた顔を見るや、兼光たちの言うとおりに訳も分からず多目的教室へと一斉に走り出した。
「健吾、気をつけろ!」
一階にたどり着いた兼光は、そこかしこに横たわる生徒たちの亡骸を見つけて叫んだ。
亡骸はどれもが干からびていて、その外傷の凄惨さに似合わず、出血の跡が認められない。
「なんだよこれ……」
遅れて到着した健吾が、その光景に絶句する。
廊下に転がっている亡骸の数はゆうに10を超えていた。
「く、くそ!! く、くるなぁ!」
遠目に職員室のドアが勢いよく開くと、そこから男子生徒の一人が血相を変えて飛び出してきた。
彼は手に持ったデッキブラシを振り回しながら後ずさるが、ゴブリンの群れがぴょんぴょんと楽しげに跳ねながらそれを取り囲んでいく。
「や、やべえぞかねみっちゃん! っておい!」
そのときには既に兼光は飛び出していた。
背後から一匹の頭に木刀を振り下ろして倒すと、続けざまにそばにいた他の一匹を斬り払った。
『サイトウ カネミツハ レベルガ アガッタ』
兼光の体から発せられる光に、ゴブリン達が目を覆う。
「今だ、走れ!」
兼光がゴブリン達をまっすぐ見据えたまま、そう叫ぶと、襲われていた男子生徒は階段へ向かって走り始めた。
「かねみっちゃん。俺も手伝うぞ!」
健吾は兼光の横でバットを構えると、さっそくに飛びかかってきた一匹を打ち返した。
吹っ飛んだゴブリンは天井に激しく激突すると、地面に落ちてから煙を上げ始める。
『オオキダ ケンゴハ レベルガ アガッタ』
「ほんと空気読めないな、このアナウンス」
健吾は発光を始めた自分の体を見ながら苦笑いを浮かべた。
「けどチャンスだ、一気にいくよ!」
どうやらゴブリンはレベルアップの強烈な光が苦手らしく、目を覆いながらなにやら恨み言を呟いているようだった。
そこに兼光が木刀で次々に斬りつける。
健吾もまるでゴルフのスイングのような仕草で、背の低いゴブリンたちを次々と壁に打ち付けていった。
「片付いたな……」
立ち昇っている黒煙は合計で8体分。
途中で健吾が二度目のレベルアップをしたため、ゴブリン達は目を覆うばかりで何もできなかった。
「そうでもないみたいだ」
兼光は木刀を構え直すと、額に汗を浮かべながら呟いた。
健吾が兼光の見据える先をたどると、職員室の扉の隙間から新手のゴブリンたちが嫌らしく笑いながら彼らを見つめていた。
さらには保健室のドアを切り裂いて5匹のゴブリンが飛び出してきた。
「ど、どうするかねみっちゃん」
「いちにのさんで、階段へ向かって走ろうか」
ゴブリンたちは二人を逃がすまいと廊下に広がって包囲網を作り始めていた。
「了解、いくぜ。いーち、にー、さ……」
健吾が「三」と言いかけた時のことだった。
事態はさらに悪化する。
先ほど逃げ出したはずの男子生徒が、階段から転がり落ちてきたのだ。
そして、それを追いかけて3匹のゴブリンが跳ねながら階下に降りてくる。
「階段にも!? や、やべえな」
「ああ、ものすごく」
それだけでない。
さらに各教室からなだれ出るようにして無数のゴブリンが現れ、兼光たちの進路を存分に塞いでしまう。
眼前に広がる無数のゴブリンの群れの背後では、階段から転倒した男子生徒が別の群れに追い詰められていく。
とはいえ、とても助けられる状況ではない。
ついにゴブリンたちが男子生徒に飛びかかろうとした、その時だった。
彼は突然、気でも狂ったかのように大声を上げた。