解毒ポーションと赤鬼の銀輪②
「真っ暗だな。電気をつけながら行こう」
夜も更け、校内は明かり無しでは足元も見えない程度に暗くなっていた。
兼光たちはIF画面の明かりを頼りに電灯のスイッチと見つけ、階段に明かりを灯す。
一段一段慎重に、耳をそばだてながら降りてやっと一階にたどり着く。
先頭を行く兼光が、廊下の様子を覗うべく壁越しに顔を出す。
階段の電灯のおかげで、廊下の先にうっすらと保健室の入口付近が見て取れたが、特に異常はなさそう。
踏み出そうする兼光。
だが、背後の非常口側の暗がりにわずかな物音を感じて、そっと振り返る。
そのときにはすでに、一体の小人がナイフをかざして兼光の背にとびかかろうとしていた。
「ゲッゲッ……アギィ!」
「あぶねえ……! ―――だろうが!」
間一髪、健吾のバットが小人の顔面を捕えていた。
弾丸ライナーの如く吹っ飛んだ小人は壁に激しく叩き付けられたあとで、力なく床に落ちた。
「近くで見ると、ほんとにおっかない顔してんな……」
健吾は床でうつ伏せになって痙攣しているそれの顔を覗き込むと、眉間にたっぷりとしわを寄せた。
健吾にとって小人は後輩を殺した憎き敵であり、とどめを刺してやりたい気持ちはあったが、やはり人の形をしているものを殺すのはためらわれた。
「あれを試してみよう」
兼光はインターフェイス画面のシステムを押すと、その中にあった「魔物解析」のアイコンに触れた。
すると、腕輪の側面にあるレンズから、小人に向かって細いレーザー光が照射される。
「児玉君の言った通りっすね」
梶浦が後ろからその画面を覗き込むと、そこにはこう書かれていた。
『ゴブリン 討伐推奨レベル2 ヨーロッパの伝承に登場する精霊。オークと同一視されることも多い。本作ではナイフを振り回すひょうきん者。Drop:ゴブリンナイフ / ???』
「ひょうきんなのは顔だけだろう……。ゴブリンか、よくゲームで登場する序盤の雑魚キャラだな」
健吾がそういうと、兼光は「なるほど」と短く返事をした。
多分、よくわかっていない。
ともあれ、こうして敵の情報を知ることができると分かって、そのアドバイスをくれた児玉浩太に兼光は心の中で礼を言った。
「とどめ、早く刺しなさいよ」
美砂が冷たい目をして促す。
「俺もこいつらは憎い。でも、いちおう人の形をしてるし、やっぱためらっちまうよ」
健吾がゴブリンの痙攣する手足を眺めながらそう答える。
「あっそう、じゃあ遠慮なく」
美砂は後ろ手にもっていた包丁を取り出すと、逆手に持ち替えてあっさりとゴブリンの背中に突き立てた。
ゴブリンは短い悲鳴と共に黒色の体液を口から吐き出すと、ナイフだけを残してあっという間に煙となって消えてしまった。
『カザマチ ミサハ レベルガ アガッタ』
黒煙が消えると同時に、鮮やかな閃光が美砂の体を包み込む。
それが闇に溶けたころ、彼女はゆっくりと立ち上がって不機嫌そうに舌打ちをした。
「さっきの瓶、落とさないじゃない。まあいいわ、どうせ保健室はすぐそこだし」
彼女は何事も無かったかのようにそう言うと、さっさと先に進んでしまった。
(こ、こええ……。誰だよあの子に刃物持たせたの!)
健吾が小声で兼光、薬師寺、梶浦に詰め寄るが、三人とも顔を引きつらせるばかりだった。
一方、学校へと急ぐ春樹と朱音。
商店街はすっかり人気がなくなっていた。
時折聞こえてくるのは何者かの不気味な遠吠えばかり。
遠方にそびえる高層マンションは、ところどころに明かりがついており、多くの者が自宅に立てこもっているのであろうことは想像が付いた。
「春ちゃん。走るの早くなった!?」
鬼に追われていた時とは打って変わり、軽快に走り続ける春樹の背中に向かって朱音が言う。
「ああ、20%ほどな」
春樹が振り返りながらそう言うが、朱音にはなんのことか見当が付かず、首を傾けていた。
天羽春樹、レベル9。
春樹は合計で24のステータスポイントを手に入れていた。
このうちの10を脚力に、同じく10を耐力に割り振っており、残りの4ポイントは腕力に注いでいた。
(体が軽い。その気になったら大型トラックも飛び越せそうだ)
春樹は自分の足をまじまじと見つめながら動かしていた。
見た目にはなんの変化もない。
触った感触もいつも通りだった。
ただ、地面を蹴る瞬間に何かの力がそれを補助しているような感覚だけがあった。
(てか、これに付いてこられるお前がすげえよ……)
朱音はわずかに息を乱してはいたが、おおむね平気な顔をして春樹のやや後ろに着けていた。
突然、春樹の足が止まる。
そして朱音の手を取ると、路地裏へと引き込んで口を塞いだ。
「ほ、ほうひはほ?」
困惑しながら春樹の顔を見上げる朱音。
「しーっ。何かいる」
春樹がゆっくりと手を放すと、朱音も顔を覗かせて様子を覗った。
見ると、暗がりで誰かが必死に鞄を振り回しながら叫んでいた。
内容は聞き取れなかったが、ただならぬ気配は十分に伝わってくる。
そしてその人影が二歩三歩と下がりながら街灯の下まで来ると、傍らにもう一つの大きな影が姿を現した。
「な、なにあれ、でっかい……犬?」
「どうみてもモンスターだろう」
「そうなの!? 助けないと!」
朱音は飛び出そうとしたが、その腕はしっかりと春樹に握られていた。
「春ちゃん、放して!」
「そうじゃない。これ付けていけ」
そういって春樹は、制服のポケットから禍々しい鬼の顔が彫り込まれた銀色の腕輪を取り出すと、掴んでいる朱音の右手に通した。