解毒ポーションと赤鬼の銀輪①
「待ちなさい」
教室の入り口で彼らを引き留めたのは美砂だった。
「この子、もう持たないわ。すぐに病院に連れて行かないといけない」
宝木桜はもはや喋ることもままならない状態で、教室の隅にぐったりと横たわっていた。
美砂が手を握っても、桜の指は力なく一瞬動くだけで、まともに握り返す力は残っていないようだった。
「持って2時間……いや、そんなに無いでしょうね」
そう呟く美砂の険しい表情の中に、彼女らしからぬ焦りの色がはっきりと見て取れる。
「病院か……。けれど、今外に出るわけには……」
「もちろんそうよ。私一人でも連れて行くわ」
美砂は桜の上半身を起こすと、彼女の無事な方の腕を肩に回す。
それを見た薬師寺がぎょっとして、声を荒げる。
「お前らだけで外に出たら、あっというまに奴らの餌食だぞ!」
「そうかもね。もういいわ、あんたたちは自分たちの仕事をしなさい」
薬師寺の忠告をよそに、ついに美砂は桜を担いで立ち上がってしまった。
「よせ!……わかった。僕が護衛としてついていく」
兼光の言葉に、健吾は血相を変える。
「やめとけって、かねみっちゃん、危険すぎる。―――でも、確かにやべえな宝木さん……。よし、俺も一緒に行くよ」
美砂にぶら下がるようにしてぐったりと項垂れている桜を見た健吾は、思い直してそう告げた。
「あんたら何か誤解してるわね。私は今からこの子を病院に連れて行くってことを一応報告しておきたかっただけ。こっちを優先しろという意味ではないわ」
「でも一人でどうやって!?」
兼光の問いに、美砂は伏し目がちに答える。
「隙を見てでも見つからないように学校を出るわ。見つかったら仕方ないから私が奴らを殺す」
「風町、あまり無茶を言うな!」
薬師寺が怒りを隠すことなく叱咤すると、美砂は憎悪を含んだ鋭い視線を彼に向ける。
「あ、あのー、お取込み中申し訳ないんですが」
遠慮がちに声をかけたのは児玉浩太だった。
「なによこのちびっこ。取り込み中よ、控えなさい」
美砂が苛立ちながら睨むと、浩太は怯えながらもおずおずと口を開いた。
「そ、その方はあの犬に噛まれたせいで熱がでてしまってるんですよね?」
「……そうよ。異常な速さで衰弱してる。多分これは雑菌とかじゃなくて、ウイルスか……毒よ」
「そうですか……。もしかしたら、本当にもしかしたらなんですが……、毒を消すようなアイテムが有るかもしれないんです」
「それはどういうことだい!?」
兼光が慌てて浩太の肩を掴む。
「げ、ゲームだと、毒を持っているモンスターがなぜかよく毒消しのアイテムを落とすんです」
「要するに、彼女を噛んだ犬たちを倒したら解毒薬が手に入るかもしれないってことか」
首を傾げている美砂と兼光のかわりに健吾が尋ねる。
「そ、そういうことになります」
「かねみっちゃん、最初に犬を倒した時に何かアイテムが落ちたかい?」
「い、いや。ほかの犬たちに集中してたから見ていない……」
「だよな……。俺もそうだったよ」
「あっ、でも保健室で小人を倒した時に確か……」
兼光が美砂を見ながらそう言うと、彼女も黙って頷いた。
「あー、そういえば落ちてたな。緑の液体が入った小瓶だった」
薬師寺が眉根にしわを寄せて呟くと、浩太が彼のジャージ掴んで目を丸くした。
「そ、それです先生! いまどこにありますか!?」
「あ、あれは風町のやつが『なにこれ、気持ち悪い』とかいって保健室のゴミ箱に……」
薬師寺が美砂の口調を真似るようにして言うと、彼女は今にも噛みつきそうな顔をしてなおさらに薬師寺を睨んだ。
浩太は兼光に向き直ってまっすぐな目を向ける。
「会長――――」
「うん、解ってる。真っ先に保健室に向かってみる。戻ってくるまでは大人しくしていてくれるね?」
兼光が諭すと、美砂はゆっくりと桜を床に降ろした。
皆がほっと胸をなで下ろした瞬間だった。
「分かったわ。でも私も行く」
そして彼らは再び頭を抱えるのだった。