レベルアップ⑤
「レベルアップ? 会長レベルが上がったんですか?」
「え、なんで会長だけ?」
一人の男子生徒が兼光の側に近づくと、そのほかの者も我も我もと側に寄って彼の画面を覗き込んだ。
兼光が事情を説明すると、生徒たちはその原因について考えながらしばらく難しい顔をしていたが、やがて一人の男子生徒が声を上げた。
「会長、外にいる獣を一匹倒してましたよね? その分の経験値が入ったからレベルが上がったのではないでしょうか」
「なるほど、そういうことか」
そう相槌を打った兼光だったが、実のところよくわかっていなかった。
ただ、周囲の生徒が感嘆の声を上げたので、なんとなく合わせたほうが良いような気がしただけだった。
「で、レベルが上がるとどうなるんだい?」
「ちょっと見せてもらいますね」
先ほど鶴の一声をあげた男子生徒が兼光のステータス画面の上にあった『身体能力』というタブを押す。
そこに書かれていたのは次の通りだった。
『腕力100% 脚力100% 耐力100% 魔力100% 精神力100% 物理カット0% 魔法カット0% 割り振り可能ステータスポイント3』
「あ、本当に有った、スタータスポイント……」
画面を見つめて目を丸くしているその生徒の名前は児玉 浩太。パソコン部の一年生だった。
小柄な彼が背伸びをしながら画面を覗いているのを察して、兼光は腕を下げて画面を彼の方へと向ける。
「会長、鍛えるとしたら、腕力、脚力、耐力、魔力、精神力のうち、どれがいいですか?」
「うーん、魔力というのはよくわからないけれど、やっぱり腕力かなあ」
「わかりました、ちょっと試すみたいで申し訳ないですが、腕力に振ってみてもいいですか?」
「振る? え、ああ。そうだよね、普通振るよね。お願いしようかな」
相変わらず何のことか要領を得ていない兼光は、児玉浩太に任せてみることにした。
彼が二度三度と画面をタッチすると、画面上の身体能力が変化していく。
『腕力106% 脚力100% 耐力100% 魔力100% 物理カット0% 魔法カット0% 割り振り可能ポイント0』
「できました」
浩太がそう言うと、兼光はそう言われてもという顔をした。
「あっ、す、済みません。重ね重ね恐縮ですが、その木刀を持って素振りをしてみて下さいませんか?」
浩太がおずおずとそうお願いをすると、兼光はよくわからないままに木刀を腰から抜いて構えた。
そしていつも通りに素振りをしようとした兼光は、すぐにその事実に驚かされることとなる。
「……なんだこれは!? 軽い、信じられないくらいに軽いよ!」
「やっぱりそうですか。多分、会長の腕力はステータス通り6%上がっています」
兼光の素振りの冴えを見て、周囲の生徒たちも驚嘆の声を上げる。
「すごいな君は。こんな知識をどこで?」
兼光が不思議そうに尋ねると、慌てた浩太はメガネの具合を直しながら小声で答えた。
「お、オンラインゲーム、好きなんです」
一見すると女子にも見えかねないほど線が細く、小さく丸みのある顔をした浩太がそういってもじもじと照れると、その仕草の小動物的な可愛らしさに周りの女子生徒の顔が綻んだ。
「けどたった6%でそんなに違うもんなのか?」
一方で健吾は首を傾げながら呟く。
「大喜多、お前のストレートはマックスで何キロでる?」
突然口をひらいたのは薬師寺満だった。
「最近150が出るようになったっす」
「仮にボールに加わる力が6%上がれば、力積も6%上がる。つまりボールの速度は時速159キロになる」
「マジっすか監督!? ほぼ高校新じゃないっすか」
健吾と同じ野球部の生徒たちが一際大きくざわめき立つ。
「あくまで単純計算だぞ。それにしても信じられないな……」
薬師寺は健吾の所属する野球部の顧問だった。
高校時代は甲子園にも出場したスラッガーであり、現在でも名監督として地元では健吾と同じように注目されていた。
生徒に馬鹿にされがちな彼だったが、野球部の生徒たちは彼に一目置き、敬愛していた。
「じゃあモンスターを倒してレベルが3つくらい上がったら……」
「大リーガーも真っ青だろうな」
「お、俺、ちょっと校庭で素振りしてきます」
健吾は手押し車から金属バットを抜き出すと、興奮した様子で教室の出口へと向かっていった。
獣たちがうろついている校庭で何の練習をする気なのかと、兼光は少々呆れて健吾の肩を掴む。
「待つんだ健吾、一人でいくのは危険すぎる。それに、もう少し状況を把握してからにしよう」
兼光が制止すると、健吾は振り返って「ですよね」と小さく呟いた。
「お疲れ、春ちゃん。なんかすごい褒められてたね!」
三島朱音が弾んだ調子で微笑みかける。
「緊張したよ」
「全然そんな風には見えませんでしたが?」
二人は学校に向かう最中だったが、先ほどの『ご指名』のせいでスーパーの駐輪場に足止めをされていた。
「なんだろね、この腕輪」
朱音は春樹が例の声の主たちと話している間、暇つぶしにと自分の腕輪のスイッチを入れていた。
浮かび上がるホログラムの光が、朱音のぐりぐりとした瞳に映り込む。
「んじゃ俺も」
春樹も腕輪上部にあるスイッチを押してみる。
しばらくの読み込みのあとで浮かび上がった画面を、春樹は訝しげに見つめた。
「新着情報ありって書いてある」
「えー、私のほうはなんも書いてなかったよぅ」
「なんだろうな」
春樹は首を傾げながらもその文字に指で触れた。
『おめでとうございます、新たな称号を獲得しました!』
そう書かれていた。
『称号:悪鬼を狩る者 を手に入れました
称号:暁を照らす者 を手に入れました』
「なんかよくわからないけど、かっこいいね」
朱音は物欲しそうな顔で指を咥えていた。
「称号か。役に立たないことが多いんだよな」
「ほえ? これの意味わかるの?」
「ゲームの話さ。ちょっと確認してみるかな」
春樹はステータスアイコンがうっすらと点滅しているのを見つけてさっそく押してみる。
春樹の予想通りなら、ステータス画面から手に入れた称号と、その効果の確認ができるはずだった。
案の定、ステータス画面上部にはnewと書かれた称号タグが見つかる。
しかし春樹の目を奪ったのは画面右下で点滅している未収受経験値の文字だった。
「さっきの鬼の分の経験値かな」
その文字に振れると、小窓のポップアップが画面に現れる。
『EXP4500を受け取りますか? はい いいえ』
春樹が『はい』を押した瞬間、間の抜けたファンファーレと共に彼の体全体が輝きだす。
『アモウ ハルキハ レベルガ アガッタ
アモウ ハルキハ レベルガ アガッタ
アモウ ハルキハ レベルガ アガッタ
アモウ ハルキ…… 』
鳴り止まないレベルアップの音。
春樹の体から断続的に放たれる強烈な光を見て、朱音は思わず薄目になって後ずさる。
「ひいぃ、春ちゃん、眩しいよ!」
「なるほど眩しい。光ってるのは俺の体か」
「輝いてる、輝いてるよ春ちゃん!」
「止まらないな。これは輝きすぎじゃないか?」
「世界一輝いてるよ!」
その光はすっかり闇に包まれた町を明るく照らしたのだった。