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レベルアップ③

 春樹にクラッカーと称されたその男の会話に区切りがついたのを見計らって、兼光は美砂に耳打ちをする。



「この声が聞こえている間は、多分だけど怪物たちも動かない。健吾たちの所へいってくる」


「だからなんでいちいち私に言うのよ」


「いや、さっきみたいに怒られるかと思ってね」


「いいから早く行ってきなさいよ」



 美砂がしっしと手で払うと、兼光は静かに教室を抜け出した。



『聞こえてるんだろう? 今から一時的にアクセスを許可してやる』



 男が呼びかけると、ザラザラとしたノイズが走った後ですぐにまた別の声が聞こえ始める。



『――――こえますか? あっ、音声繋がりましたね』



 女の声だ。



『何からご説明申し上げればよいのか……。まずは皆さん、このような事態になってしまい、本当に申し訳ありません』



 男の粗暴な声とは対照的に、透き通るような品のある声。


 しかしそれは深い悲しみを帯びているようだった。



『そして不正アクセス者さん、お願いですからもうこんなことはやめて、私に全権を返してください』


『嫌だね。俺はトレイに行ってくらぁ。天羽くん、わりぃけど話相手になってやってくれ』



 男の声はそれを最後に聞こえなくなってしまった。



『待ってください! 私の話を聞いてください!』



 生徒たちも男の返答を期待して静寂に耳を傾けるが、反応はやはり返ってこない。



『あのー。すみませんが、取りあえず皆に現状の説明をお願いできますか? あと、自己紹介して頂けると幸いです』



 春樹が幾分か遠慮がちに言う。



『そ、そうですね。私はなんというか……。この世界の管理者といいますか……えーっと、その』



女性の困惑ぶりを見かねた春樹が尋ねる。



『この世界を創った神様、ですか?』


『―――はい。神様なんて大それたものかはわかりませんが、この世界を創ったのは確かに私です』



 あまりにも突飛なその発言に、教室内が当然ざわめく。


 いや、きっと世界中がざわめいていることだろう。



『けど、今は権限のほとんどをさっきの人に奪われてしまっています……』


『そして彼がこの世界を別物に変えてしまった』


『はい……。天羽さんは多分もう気づいてしまっているんですよね?』


『大体は。でも細かい仕組みまでは分かっていません』


『……』



 女性は少しの沈黙のあとで、ぽつぽつと話し始める。



『信じられないとは思いますが、この世界は高度な物理演算が可能なビデオゲーム、「創造世界」を使って私が創りました。この世界のすべての質量は突き詰めると多様なアルゴリズムを担うデータでできています。宇宙も、地球も、自然も……』


『そして人間も』


『はい……』



 実に馬鹿げていた。


 育み、争い、殺し、産まれ、人類は発展してきた。


 その濃厚な歴史のすべてが、空虚なデータの積み重ねだというのだから。



『皆さんは私たち創造主の世界では情報体と呼ばれています。けれど、誤解なさらないでください、皆さんにはちゃんと人権が保障されているんです! こんなことが許されるはずがありません!』



 女性が声を荒げる。



『それが気に食わねえんだよ』



 割って入ったのはあの男の声だった。



『このゲーム「創造世界」の醍醐味はよぅ、発生した情報人類を俺たち創造主が面白おかしく凌辱できるってところにあるんだよ。なのにだ、こいつの親父がしょーもない法案を成立させやがった。情報体への過度な干渉を禁止する、情報体保護法ってやつだ。お前の親父、馬鹿だろ。こいつらは所詮データだろうが』


『ではこれは保護法に対する抗議行動というわけですか?』


『いやいや。抗議なんて滅相もない。むしろ俺はこの世界をもっと良くしてやろうと思っているくらいだ』


『これのどこが!』


『まあ、そのうち分かるだろうよ。さて、もういいよお嬢ちゃん。サヨナラバイバイ』


『ちょっと待ってください! まだ―――』



 ブツンと短いノイズが鳴ると、彼女の声は聞こえなくなってしまった。



『さてさて、アホはほっといてゲームを始めるとしよう! まずはお前ら全員にプレゼンツだっ』



 男が威勢よくそう叫ぶと、突然皆の左手首が輝き始める。



「おわっ! なんだこれ!」


「う、腕輪?」



 眩いその光が消えたあと、彼らの手首には女性物の腕時計のベルトほどの腕輪が巻かれた。


 不思議な光沢が揺らめくその黒い腕輪は、重金属のような硬度を持っているにも関わらず、ほとんど重みを感じさせなかった。



『その腕輪はいってみりゃあインターフェイス。操作端末ってやつだ。上部のボタンを押してみろ』



 男がそう促すが、腕輪の中央でうっすらと発光する小さなボタンを、誰も押そうとはしない。


 いきなり爆発したりするのではないかと思い、当然ためらう。


 しかし、唯ひとり風町美砂だけがあっさりとそのボタンを押した。


 すると腕輪の上面に下敷きほどのサイズの画面が、こともあろうか宙に浮かび上がる。


 画面には『パーソナルデータ送受信中』と書かれており、細いプログレスバーがじりじりと伸びようとしていた。



『説明は面倒だから適当に使いながら慣れるんだな。画面の操作方法はお前らの使っているスマートフォンって端末と同じにしてある。大事に使えよ、それがお前らの命綱だ。っておいおい、早く押せよお前ら、爆発したりしねえからよ』



 命綱という言葉に反応するかのように、生徒たちも次々とボタンを押して画面を開き始めた。


 そのときだった。


 教室の扉がガラリと開き、兼光が健吾と梶浦を連れてそろりと教室に入ってきた。


 生徒たちが一瞬わっと歓声を上げるが、兼光はすぐに指先を唇にあてて、静かにするように言った。


 情報を一つでも聞き逃すわけにはいかないと。



『これからお前たちはモンスターを倒しながら旅をするんだ。そう、剣で、魔法で! そして世界を駆け抜け、最後には魔王を倒す! 燃えるだろう? やってみたかっただろう?』



 兼光と健吾がやや呆れながら顔を見合わせる。


 しかし、この時点で多くの生徒たちは男の言うことを概ね信じるに至っていた。


 化け物、頭の中の声、突如現れた腕輪。


 もはや常識は通用せず、この超常現象に対する解答を、この男だけが握っているであろうことを察し始めていた。



『見事魔王を倒した奴は、どんな無茶な願い事でも叶えてやるぜ! しかもパーティーメンバー全員分な! 永遠の命? OKだ。死者の蘇生? OKOK。金や世界一の美女なんてありきたりな願いももちろん大丈夫だ。叶わない願いは無い!!』


『じゃあこの世界を元に戻すっていうのはありなのか?』



 春樹が男の大演説に割り込むようにして尋ねる。

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