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最初の犠牲者

「な、なんだぁ!? 急に空が暗く―――」



 一団が広場に足を踏み入れた途端、空を覆うほどの暗雲が立ち込める。


 直後、つんざくような電子音と共に渦巻き初めたその暗雲から放たれた光の束が、広場の中央に叩きつけられた。 



「今度は地震!?」



 光の束が落ちた地点を中心として同心円状に地が波打ち始め、誰もが立っていられずに膝をついた。


 彼らには、ただ見つめる以外にできることなど無かった。


 『それ』がゆっくりと、地の底からせり上がり姿を現す様を、黙って見つめる以外には。



「岩城さん、あれがメインディッシュってやつですかね」



 地揺れが収まると龍川はゆっくりと立ち上がり、広場の中央に現れた『それ』を見据えながら隣の正義に問う。



「いやあ、虎だと思ってたんですけど、まさか亀とはね」



 正義が形容するとおり、それの姿は亀と呼ぶ以外にない。


 身ひとつで広場の大半を占めるほどの巨大な亀。


 その甲羅はワニガメのように一つ一つの区画が鋭利に盛り上がっており、頭部や短い脚もゴツゴツとした突起で覆われている。


 魔物は、爬虫類特有の無機質な瞳で彼らを見るともなく見たあとで、地鳴りのような声を上げて鳴いた。



玄武げんぶ……。レベルは……不明」



 浩太が魔物解析の結果を震える声で伝えるが、仲間たちからは何の反応も返ってこない。


 この数日、次々と起こる非現実的な事象になんとか適応してきた彼らであったが、眼前の魔物の巨体はこれまでに出くわした他の魔物たちとはあまりにもかけ離れており、大いに混乱していた。

 それでも彼らは慎重に、十分に警戒しながら玄武を取り囲むような陣形を作りはじめる。



「でかい……。でも動かないし、なんかトロそうじゃないか?」


「そ、そうだな。いけるかも?」



 玄武は何をするでもなく、ただじっとそこにいた。


 陣形を作り、魔法部隊が詠唱を開始してもなお、ピクリとも動くことなく置物のようにそこに居座っている。



「いくよ!? みんな少し下がっててね!」



 足元の魔法陣から湧き上がる光の風にスカートをなびかせながら、攻撃魔法部隊の女生徒が声を上げる。


 宝木桜を含む補助魔法を使える者たちも、前衛部隊にバフ(身体を強化する効果)を施すべく詠唱を開始していた。



「撃て!!」



 誰かの掛け声を引き金にして、色とりどりの魔法が玄武へ向けて放たれる。


 雷光、火炎、暴風、氷刃。


 その轟音と衝撃に前衛部隊員たちが思わず目を覆い、体を丸めた。


 舞い上がった土煙がどこかへと吹き流され、眩んだ視界が晴れはじめたころ、近接部隊がスキルを発動して突撃の準備を始める。



「一気にたたみかけるぞ!」



 金属バットを片手に走り出した大喜多健吾の、力強い掛け声が広場に響き渡った。


 それにすぐに呼応して、前衛が一気に間合いを詰めていく。


 が、その歩みは間もなく停止することとなる。



「これは流石にないだろ……」



 誰もが予想はしていた。


 あの巨体と頑丈そうな甲羅を見る限り、魔法の初弾だけで倒しきることは難しいであろうと。


 だからこそ、近接職の面々は弱ったところにとどめを刺すべく突撃をしていたのだが―――。



「ほとんど……効いてない」



 そう、玄武はあれほどの魔法の雨をその身に受けながら、甲羅や脚の一部を焦がす程度のダメージしか受けていなかったのだ。


 健吾たち前衛はそれに怯んで歩みを止めた。


 だが、玄武は特に何をするでもなくそこに留まったままであったから、構うものかと突撃を続行した者がいた。



 そして―――。



 その光景はあまりにも凄惨で、誰もが目を覆うことすら忘れてしまっていた。


 人は程度の知れた恐怖に対しては視線を背けたり、悲鳴を上げたりもするが、本当に恐ろしい出来事に直面したとき、総じて全ての機能が停止する。



 一人で突撃してしまった勇敢な学生の『下半身だけ』が、鮮血を噴き上げながら玄武の眼前に立っていた。


 そして玄武は、口の中にある物を咀嚼することもなく、喉を鳴らして飲み込んでしまった。


 瞬きをした者はきっと見逃してしまったことだろう。


 彼の命を瞬時に刈り取ったのは恐ろしく速い噛みつきだった。


 玄武が巨大な口をあんぐりと開けたかと思ったときには既に、彼の上半身は奴の口の中だった。


 残された下半分がバランスを失って前のめりに倒れかけていたが、それが地面に達するより早く、玄武は続けざまに首を伸ばして噛みついた。


 そしてまた無表情のままにそれを飲み込む。


 血痕だけを残して彼の全てが消え去ったとき、その場にいたものたちはほんの少しだけほっとしてしまった。


 はらわたの垂れ下がった下半身がそこに立ったままでは、戦いに集中できるはずもない。


 きっと、それが視界にはいるたびに身が凍りつき、いちいち心がきしんでしまうことだろう。


 もっとも、彼らに戦意が残っているかどうかは相当に怪しい状態ではあったが。


 ともあれ、彼の姿が完全に消えてしまってから、やっと悲鳴を上げることを許された。


 その叫び声に呼応するかのように、玄武は大きく鳴いて、ゆっくりと歩き始める。



「お、おい。何やってる……。早く逃げろぉ!!」



 玄武の歩みは実にノロい。


 いちに、いちにと、4本の足を懸命に動かす姿は愛嬌すら感じてしまいそうだった。


 しかし、その緩慢な動きとは裏腹に、一歩の「幅」が尋常ではなかった。


 人の何十倍、いや、数百倍はあろうかという巨躯なのだ。


 地球の自転は一日で一回転というスローペースであるのに、速度にすれば凄まじい。


 そういう理屈だ。

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