彼らの行く手に待つもの
「軽傷者は後方へ、重傷者は誰かが付き添って風町医院まで運んでくれ」
兼光と服部、梶浦の3名は被害状況の確認のために慌ただしく走り回っていた。
すっきりと第5陣の全てを倒しきった彼らだったが、快勝とは言い難い。
腕や足を氷柱に抉られた者、体に無数の裂傷を受けた者。
程度は様々であったが、無傷と言える者のほうが少ない。
幸いなことといえば、死者が出なかったことと、魔物の発生が止んだことだった。
「あ、あの。風町先輩、ありがとうございました。きっとあのタイミングじゃないとダメだったと思いますから、本当に助かりました」
浩太がおずおずと礼を言うと、美砂は眉間にしわを寄せて、彼の小動物のようなつぶらな瞳を訝しげに睨んだ。
「礼は言うものじゃなくてするものよ」
「ご、ごめんなさい」
美砂の鋭い視線と声色に怯えて、浩太は取り急ぎ頭を下げて見せた。
直後、浩太はその手に伝わる温もりに驚いて、頭を下げたまま瞳を開いた。
「だから、お礼をさせて」
見ると、美砂がしゃがみ込んで浩太の傷ついた手を取っていた。
浩太が訳もわからずぽかんとそれを眺めているうちに、美砂は手早くガーゼと包帯をその手に取り付けてしまった。
「ありがとう……ございます」
「傷が浅くて良かったわ。それで、どういうことだったのか聞かせてくれるかしら」
「何のことでしょう?」
「さっきのレイスのことよ。なんで私が投げた包丁が刺さったのか、教えてくれない?」
浩太はなるほどと、慌てて説明を開始する。
まず、無敵の魔物などいないという前提が彼の中にはあった。
何か倒す方法は必ずあるはずだが、それに気づけていないだけだと。
最初に彼が考えたのは、8体のレイスのうち、7体は分身のようなもので、いずれかの一体だけが本体なのではないかということだった。
なるほど、レイスたちは8体のすべてが全く同時に魔法の詠唱を始めることを思えば、それは相当に確かかもしれない。
しかし、魔法部隊が闇雲に放った魔法は全てのレイスをすり抜けていったことを彼はしっかりと確認していた。
となれば、きっと攻撃をするタイミングが重要なのだろうと、浩太は考えた。
普段はふらふらと空を浮遊するだけのレイスたちが特別な行動をとる瞬間、つまり詠唱中に攻撃をしなければならないのではないか、と。
それを確認するため、誰もが形成されゆく氷柱を注視している中、浩太はじっとレイスだけを見ていた。
そして彼の予想は確信に変わる。
詠唱中に一匹だけ、瞳が淡い黄色に発光しているレイスを見つけたのだ。
説明が終わると、美砂は大変感心した様子で改めて浩太の頭の先からつま先までをじっくりと眺めた。
「解毒ポーションの時と言い、今回といい、何者なのよあんたは」
「あの、えっと……。ただのゲームおたくといいますか……」
「ふうん。じゃあゲームおたくっていうのは根性があるのね」
「えっ?」
「これから氷柱の雨が降ってくるってときに、よくも魔物ばっかり観察できたものだと、褒めてんのよ」
「あ、いえ……。彼が、守ってくれてましたから」
そういって浩太が木陰にへたりこんでいるライアンの方に目をやると、ライアンはわけもわからず手を振って見せた。
そう、ライアンは氷柱の雨から浩太を守るべく、「IH オブ アイギス」を傘にして浩太の頭上に掲げていたのだ。
必然、ライアン自身は氷柱の雨を一身に受けることになったが、アイアンスキンと元々の耐性の高さのおかげで軽傷で済んだのだった。
「ふぅん。頼れる仲間がいるってのは、良いことね」
美砂は素っ気ない口ぶりでそう言って、優しげに微笑んだ。
重傷者とその付き添いを含む15名が下山を完了したころ。
「でて、きませんね」
兼光の隣で、梶浦がそっと呟いた。
「これで終わり、なんだろうか」
レイスたちを倒して以来、静まり返ったままの山道を、兼光は訝しげに見つめていた。
午後5時過ぎ。
太陽は、山道脇に並ぶ杉の枝葉に隠れる程度には沈んでいたが、もう数日で夏至とあらば、まだまだ十分に明るかった。
「皆そろそろ息が整ってきました。どうしますか?」
見回りから戻ってきた服部が言う。
遠目に一団を見回すと、疲れた体を石畳に投げ出したりしていた者たちも起き上がり、清々しい表情で談笑しているようだった。
暗い顔をしているのは白虎の出現を警戒している兼光たちだけだった。
「みんな、そろそろいこうか!」
兼光は晴れぬ不安と解けぬ緊張をかき消すかのように、なるべく楽しげな調子で声を張り上げた。
この山道は元々、ハイキングやキャンプなどのレジャーによく利用されていただけあって、しっかりと整備されて、歩きやすい。
所々に平地も設けられていて、その中には公園設備が備わっている開けた場所もあった。
魔物の姿どころか気配すらも無く、ただ長閑な景色だけが続いている。
ひょっとすると、このまますんなりと安全地帯である頂上の台地へ登りきることができるのではないか。
そんな希望が兼光たちの胸の内に沸き始めていた。
だが、やはりというべきか、それは起こってしまった。
一団がひと際広やかな公園施設にたどりついたときのこと。
兼光たちの淡い期待は、空から降り注いだ一筋の閃光によって、無慈悲に打ち砕かれたのだった。