力と知恵の突破口
「威力えっぐ……」
龍川誠二のあまりの強さに言葉を失う学生たち。
一方龍川本人は向き直って学生たちの肩を叩く。
「見た!? 今の見た!? 頭に……、頭に刺さったよクレイモア! あっはは!! ひい、面白い」
この切迫した中、龍川は大いに笑った。
煙となって消えようとしているミノタウロスの、短くなった胴体とクレイモアの突き刺さった頭を指さして、腹を抱える龍川。
学生たちは呆気にとられるばかりで、一応の愛想笑いを浮かべながら龍川が飽きるのを待った。
龍川はその後も、重力の増加によって重くなった体をものともせずに、易々とミノタウロスを倒して回った。
「なんであの人あんなに元気なんだろう……。この重力きつくないのかな」
「アメフトだか、ラグビーだかをやってたらしいよ。鍛え方が違うんだろな……」
日頃からタイヤを引いたり、体中にウエイトを巻きつけたりと、常に体に負荷をかけながら生活をしていた龍川にとって、この重力場はむしろ快感すら覚えるほどに魅力的な環境だった。
案の定、彼はずっとこの環境でトレーニングをしていたいとすら考えており、どうにかあのレイスという化け物を捕獲できないだろうかと大真面目に頭を捻ったりもしていた。
体を鍛えるのが趣味の人間は多くいるが、彼ほどの情熱を持つものはそうそうはいない。
それに近しい者がいるとすれば、ボディビルダーと呼ばれる人種くらいであろう。
何にせよ、龍川はひどい重力場の中を嬉々として暴れまわった。
龍川の活躍が追い風となって戦況は優勢に傾き、ミノタウロスが残り3匹となったころ、レイスが再び魔法を詠唱し始めた。
先ほどまで何をするでもなくただ頭上をふらふらと彷徨っていたのに、突然に、一斉に詠唱を始めたのだ。
重力場は消えることなく依然として彼らを苦しめている。
(多分MPが回復したか、スキルのCTが明けたんだろう)
浩太のこの予想は当たっている。
レイスたちは重力場を発生させ、氷柱の雨を降らせたことでMPが枯渇していたが、時間が経過したことでそれが回復したのだ。
「また上から氷柱が降ってくるかもしれない! みんな、頭を守るんだ!」
兼光がミノタウロスの一匹と対峙したままに叫んだ。
予想通り、再び空に無数の氷柱が形成され始め、やがてそれが落下を始める。
皆、手にした武器や脱いだ上着を頭上に掲げて頭を守ったが、やはりその手足には傷を負わざるを得なかった。
このときにはすでに戦闘が不可能な程度に傷ついた者も幾人かいた。
「くそっ、あいつらを何とかしないとどうにもならないぞ!」
健吾が焦燥を含んだ声色でそう言いながら、憎らしい薄ら笑いを浮かべて頭上を浮遊するレイスたちを睨みつける。
「でもどうするの!? 魔法も物理攻撃も効かないんだよ!?」
誰かが怒鳴るような口調でそう答える。
皆が焦っている。
それもそのはず、ここにきて初めて明確な手傷を負ったのだから、焦りもするし、混乱もしていた。
その混乱した頭で各々が思慮をめぐらせてはみるものの、なんの解決策も見つからない。
放っておけばまたすぐに不可避な攻撃が無慈悲に空から降り注ぐだろう。
「くそ、もう唱えはじめたぞ!」
そうこうしているうちに、今度は先ほどよりもいくらか短い間の後で詠唱が始まった。
また耐え難い痛みが降り注ぐのだと、誰もが怯えて空を見上げていたその時だった。
「わかりました! あいつです、あいつを狙ってください!」
そう叫んだのは児玉浩太。
浩太の見据える先にいたのは、なんの変哲も無い、唯一体のレイスだった。
皆は形成され始めた氷柱に意識が集中していたため、浩太のいうことの意味がすぐには分からずにいた。
しかし、その指示に真っ先に応えた者がいた。
風町美砂だ。
彼女は手に持っていた包丁を素早く空へ向かって投げつける。
レイスは詠唱中には動きが完全に停止しているため、それを当てること自体は難しくはない。
ただし、当たったところですり抜けてしまうだけなので、それを当たったと表現できるかは怪しい。
しかしどうだろう。
美砂の放った刃はしっかりとそのレイスの胸元に突き刺さっているではないか。
詠唱は瞬時に中断され、その一匹はふらつきながらゆっくりと落下を始めていた。
「今です! とどめを!」
浩太が叫ぶと、頭にハテナマークを浮かべていた魔法部隊の面々にもはっきりとチャンスだということがわかったようで、それぞれが一斉に詠唱を始めた。
色とりどりの魔法陣が地面を鮮やかに染めてゆく。
「今までよくも……!」
「ぶちかませ!」
次々に放たれる鋭い閃光がレイスの体を貫き、千切れた頭と腕が宙を舞って風に消えてゆく。
なぜ攻撃が効いたのか理由は分からないが、とにかく一体目を倒すことができたと胸をなでおろす面々。
視線を他のレイスに戻した彼らはある異変に気が付いた。
なんと、その他の7体のレイスも時間が止まってしまったかのようにその動きを止め、空中で固まってしまっていたのだ。
そして間もなく、レイスたちの姿が薄らいで、そのまますぅっと消えてしまった。
「いよっしゃあ!」
「ざまあみろ!」
「よし、体が軽くなったぞ!」
当然、レイスたちが消えると同時に重力場も消滅していた。
彼らは腕を回したり、ぴょんぴょんと跳ねてみたりした後で、残った3体のミノタウロスの方を睨む。
魔物であっても「まずい」と感じることがあるのだろうか。
ミノタウロスたちはたじろいだ様子で二歩三歩と後退を始めていた。
「負ける気がしないわ」
「速い者勝ちな!」
今度は近接部隊員のそれぞれが一斉にスキルを発動して、手にした武器に色とりどりの光を宿し始める。
そして間もなく、彼らのフラストレーションは存分にミノタウロスの巨躯にぶつけられたのだった。