レイスとミノタウロス
その後、第3陣、第4陣と、彼らは休むことなく戦い続ける。
「本当にこれ、終わりがあるのか!?」
学生の一人が息と声を荒げた。
第4陣の魔物は残り2匹。
台湾の話を知らない彼らは、せいぜい3陣で終わりだと高をくくっていた。
「数もレベルも少しずつ増えてきてるね」
「とりあえず、これで4セット目終了!!」
最後の二匹にとどめを刺して、男子生徒が額を拭う。
「兼光さん……。情報どおりだと10匹が5セットという話でしたが」
梶浦が兼光に耳打ちをする。
「ああ。第2陣が12体、3陣が14体。そして4陣が16体。情報とずいぶん違う」
兼光は新たに現れた18の黒い渦を睨みながらそう答えた。
彼らはまだ知らない。
出現する魔物の数は奪取しようとしている安全地帯の規模によって異なってくる。
つまり、台湾のチームが向かった安全地帯はここよりも小規模なものだったために、敵の数も少なかったのだということを。
「くるぞ、みんな大丈夫か!?」
健吾が声を上げた。
「いまのところ、目立った負傷者はいません!いけます!」
誰かがそう返す。
今度はさっきよりも多くの敵が、しかもレベルが一つか二つ上の魔物がでてくるであろうことを予想して、健吾は息を飲みこんだ。
目の前では、しゃれこうべが黒いローブをかぶったかのような、いかにも不気味な面相をした魔物が宙に浮かびながらこちらを見つめていた。
体から薄らと暗い光を放っているその魔物の名前は『レイス』。
これが8体。
さらには、今までの魔物と比べると明らかにサイズの大きい、人の体に牛の頭を持つ魔物『ミノタウロス』も10体現れた。
その手には大ぶりの両手剣であるクレイモアが握られている。
双方とも討伐推奨レベルは14。
作戦部隊の平均レベルは7であるので、数で勝っていなければ全滅してもおかしくはない相手だ。
早速に、迅速に、魔法部隊が周囲に魔法を撒き散らす。
そのいくつかはミノタウロスに命中し、膝を折ることに成功したが、問題はレイスの方。
「あの浮かんでるやつ、魔法が効いてない!?」
「やべえぞ、あいつらの足元!」
『幽霊』たるレイスにはどうやら足は無さそうだったが、宙に浮いているそれらの真下の地面に、暗色の光を放つ魔法陣が展開されているのがはっきりと見て取れた。
『Gravitational Field』
8体のレイスが同時にそれを口にする。
「なんだ!? 体が……」
弱ったミノタウロスの一匹にとどめを刺すべくその足に力を込めていた服部であったが、突然足枷でもはめられたかのような不自由な感覚に襲われて「縮地」の発動を取りやめた。
見れば、一団の足元の地面全体が黒紫色に変色していた。
「動けねぇ……ことはないけど……これは―――」
健吾の眼前でミノタウロスがクレイモアを盛大に振りかぶる。
振り下ろされた巨大な刃を、なんとか左に倒れ込んで避けた健吾であったが、自分のいた場所の石畳がざっくりと切断されているのを見て大いに肝を冷やした。
「あっぶね……なんつうパワーだよ」
まずい状況だった。
この手のパワータイプの魔物は総じて攻撃が単調で、愚鈍であったが、今は自分たちも動きが緩慢になってしまっている。
「多分、この一帯だけ重力が強くなってます、離脱するか、レイスをなんとかしないと!」
浩太が叫んだ。
そう、重力の増加などという馬鹿げた現象も、RPGの世界では定番化している。
当然、浩太はすぐにそれに気が付いた。
「離脱ったって、見渡す限りの地面が紫色になってるぞ!」
「だめ! あのふわふわ浮いてるやつ、魔法も剣もすり抜けちゃって効かない!」
焦った魔法部隊がレイスに向けて次々と魔法を放つが、ふわふわと左右に揺れているそれにはなかなか当たらない。
よしんば当たったところで、まさに幽霊の如くすり抜けてしまっていた。
そうこうしているうちに、レイスは再び呪文を唱え始める。
『Rain of icicles』
次の瞬間、彼らの頭上に無数の氷柱が発生し、やがてそれは容赦なく降り注いだ。
一団のあちこちから悲鳴があがる。
氷柱は彼らの衣服を貫き、肉を裂いた。
さらには、頼みの綱であった桜たちプリーストのスキル、『Disposable Shield《使い捨ての盾》』も、氷柱を受けて解除されてしまった。
近接部隊は職業ボーナスによって耐力が増加しているものが多かったためか、氷柱によるダメージは少なくて済んでいたが、彼らはミノタウロスの追撃を防ぐので精一杯になっていた。
一方の魔法職の者たちは、前衛に詰め寄っているミノタウロスに魔法を放つわけにはいかず、指を咥えるしかない。
それ以前に、魔法部隊のMPはすでに枯渇しかけており、しばらくは魔法を放つことができそうもなかった。
そんな絶望的な状況であった。
「きたんじゃないっすかね、出番が!」
こんな状況下にありながら、龍川は嬉しそうにニカリと笑って正義の方を振り返った。
「やりましたねえ、ファイトですよ龍川さん」
正義は地べたに尻餅をついたままひらひらと手を振って見せた。
10匹のミノタウロスの状況はというと、魔法の初弾をくらった4匹はいくらか弱っていたが、残りの6匹は存分に暴れまわっていた。
一方、学生たちはミノタウロス一体に対して3人前後で張り付いていたが、重力の影響で戦況は圧倒的不利となっている。
ついにミノタウロスの一匹が張り付いていた学生たちを吹き飛ばして、倒れ込んだ一人へとクレイモアを振り上げた。
しかし、そこへ龍川が割って入る。
「力比べといこうか」
龍川が振り下ろされたクレイモアに合わせて、建築解体用の大きなハンマーを振り上げる。
甲高い金属音が辺りに響き渡ったあとで、へし折れたクレイモアの上半分が空へと消えていった。
「ふんっ!」
龍川が丸太のように太い両腕に力を込めると、引き絞られた筋肉に押し出されて血管が浮き彫りになっていく。
隆起したその上腕からはいっそメキメキと力のこもる音が漏れ聞こえてきそうだった。
彼が片足を大きく踏み出してハンマーを真横に振りぬくと、ミノタウロスの胴体は一度くの字にへし折れた後で、そのまま肉片となって辺りに飛び散ってしまった。
だるま落としのように、ミノタウロスの千切れた上半身が立ったままの下半身に着地した頃、先ほど空へと消えていったクレイモアの上半分が落下してきて、その頭にとどめとばかりに突き刺さった。