リザードマン
直後、オークの石斧の一つが宙を舞って、脇の林の木の幹にめり込む。
「うおぉおおお!」
最前線の守りを任された3名の騎士たちのそれぞれが生き残ったオークたちを食い止めていたのだ。
一人は石斧を振り上げたオークの脇腹に体当たりをして転倒させ、他の二人は鉄パイプで石斧を受け止めてそれぞれが力比べの真っ最中であった。
しかし、どうやらその力比べはオークに軍配が上がったようだった。
押し負けた二人の騎士が跳ね飛ばされて背後の仲間たちを巻き込むようにして倒れこむ。
オークの一匹を押し倒していた騎士は、馬乗りになって夢中でそれを叩きのめしていたが、そちらへ向き直った二匹のオークの魔手が伸びようとしていた。
が、その手は彼に届くことなく煙となって消えていく。
「ナイスファイト」
健吾は魔物の血が付着した金属バットを肩に担ぎながら、転倒していた騎士の一人に手を差し出した。
健吾に後頭部を強打されたオークは、地面に横たわって黒煙を噴き上げていたが、残りの一匹は近接火力職の面々が我先にとスキルを放ってズタズタに引き裂いてしまっていたため、なんの痕跡も残さずにすっかり消滅していた。
「きっとまだきます! 陣形を整えましょう!」
梶浦がそう声をかけている最中には既に、新たな渦が前方と両翼に発生し始めていた。
戦闘がいよいよ始まって、かつてない緊張感と高揚感に駆られている彼らは、言われるまでもなくすばやく身構える。
「楽勝だな」
「出番なかったー。今度は私もスキル当てるし」
「魔法チーム、もう一回いくよ!」
「近接チーム、魔法が着弾したら一気にとどめをさしにいこう!」
互いに声を掛け合いながら、気迫の宿った眼差しで渦のほうを見つめる彼ら。
「会長、なんとかなるかもしれませんね」
服部が兼光の隣でぼそりと呟いた。
しかし、兼光は黙ったままじっと皆の方を見つめていた。
まだ彼らは知らない。
恐らくこの戦闘が5連戦であろうことも、最後にとてつもない強さの大型の魔物が出現するかもしれないことも。
やはり皆にきちんと説明したうえで臨むべきだったのかもしれない。
仮に彼らが台湾女性が目の当たりにした惨事を知ったとしても、怖気づく者などいなかったのではないだろうか。
そういった後ろめたさが頭の中を占拠しているせいで、兼光自身は戦闘に集中できそうもなかった。
それを察して、健吾が、梶浦が、服部が奮闘する。
現れた第2陣の魔物たちは、その手に短刀を携えていた。
一見すると人の形をしているが、身体は深緑色の鱗に覆われ、地面に垂れ下がるほどの長い尻尾を持っていた。
トカゲのような顔の側面にぎょろぎょろとよく動く瞳があり、こちらを見るともなく見ているのが実に不気味だった。
胸や腰には革製の鎧が巻きつけられており、先ほどのオークと比べるといかにもしっかりとした武装をしている。
「リザードマン、Lv8です。気を付けて!」
浩太がいち早く叫ぶ。
リザードマンの数は12体。
先ほどのオークのように前方にまとまって出現せず鶴翼に広がっていたため、魔法部隊の先制攻撃は偏り、倒せたのは4匹だけだった。
残りの8匹が手近な人間めがけて襲い掛かる。
「アイアンスキン」
各方面を守っていた騎士たちが、物理的なダメージを緩和するスキルを用いて前にでる。
魔法部隊は二の矢の詠唱を始めていたが、接近されては迂闊に魔法を放つわけにはいかず、スキルの発動を取りやめざるを得なかった。
魔法は遠距離から強力な一撃を放つことができるが、使用から発動までの「溜め」が長く、命中精度が低いという欠点があった。
魔物が騎士たちと密着しているとなれば、フレンドリーファイアを避けるためにも魔法を使えない。
「使い捨ての盾(Disposable Shield)。今から一分間、一撃だけならこれで防げます! 火力職の皆さん、お願いします!」
宝木桜がそう叫ぶと同時に、前列の近接火力部隊の身体がほのかに青白く発光し始める。
桜が発動させたのはその名の通り、物理攻撃を受けた際に一撃だけそれを無効にする、プリーストの補助スキルだった。
どの程度の物理攻撃まで無効にできるかはスキルの熟練度によるが、レベル一桁の魔物が相手ならば、スキルを覚えたての段階でも有効である。
ぎらつく刃物を目の前にして二の足を踏んでいた近接職の面々が、それならばと突撃を開始した。
「いやぁ、一応前にでてみましたけど、ありつけませんでした」
龍川誠二がそのたくましい肩をすくめて、恥じらいながら正義の元へ戻ってくる。
龍川はどこから手に入れたのやら、建物解体用の巨大なハンマーを担いで意気揚々と前線にでようとしたが、学生たちがあっという間にリザードマンに張り付いてしまったために、意気のやり場に困ってしまったのだった。
「あっはは。まだ次がありますよ」
正義が目を細めて見つめる先では、健吾を始めとする高徳高校の学生たちがリザードマンたちを圧倒していた。
「うーん。でも、これで22匹。もう湧いてこないんじゃあないですかねぇ」
悲鳴と共に地面にうつぶせたリザードマンを、指をくわえて見つめる龍川。
「きっと、もっと沢山湧いてきますよ。そのうち彼らも手に負えなくなるんじゃないですかねぇ」
正義が含んだ言い方をすると、龍川は首を傾げて「そうなんですか?」と尋ねた。
「あ、いや。勘ですよ? でもね、きっとあるんですよ、次も、その次も。だから僕らは体力温存が今のお仕事です」
正義の言葉に、龍川は「へぇ」とだけ相槌を打つと、学生たちの戦いを静かに見守り始めた。
異常なまでに頭の回る正義の考えをすべて理解するのは難しいが、彼の言うことは常に正しい。
だから龍川は、「きっと今回もそうなるのだろう」と、論拠について詳しく聞くこともなく納得してしまったのだ。
もちろん、この件については正義は持論や推論を述べているわけではなく、おそらく確定しているであろう情報の一端を臭わせたに過ぎないわけだが。
(湧いてくるさ、次々と。そして最後にはとっておきのメインディッシュがね)
正義はその緩みきった口元を隠すべく、それとなく手の平で覆った。