オークの細道①
師走に忙殺されていたため、久しぶりの更新になります。
また、2か月ほど前から目の病気に悩まされており、手術を検討中です。
PC画面が見えにくい煩わしさから更新のペースは落ちていますが、新年もどうぞよろしくお願いいたします。
作戦参加者たちは山道入り口に到着すると、装備と編制のチェックを始めていた。
「近接職は前列へ、遠距離職、魔法職は後列へ!」
陣形を組むべく、斎藤兼光は次々と指示を出していく。
児玉浩太のアドバイスを基に打ち合わせた通り、騎士などの防御力の高い職業の者を最前列に、近接攻撃を得意とする職業の者をその後ろにという具合に並べていく。
「あれ、美砂様もこっちなんですか? てっきり近接職の列に加わっているかと……」
宝木桜は魔法職の塊の中に風町美砂の姿を見つけて、いくらか驚いた様子で尋ねた。
「な、なんとなくよ。職業はまだ決めてないわ。それに、私が側にいないと、あんたすぐ死にそうだし」
美砂のその言葉を鵜呑みにして、桜は嬉しそうに「はい」と返事をした。
実のところ、美砂は今朝のうちに魔法職に転職済みだった。
そう、『魔法少女』に、である。
だからこそ当然、魔法職の群れの中にいるのだが、まだ桜に打ち明けるには心の準備が足らないようだった。
ちなみに桜は補助魔法を得意とする『プリースト』に転職している。
(まあ、スキルを使わなければ魔法少女だとはバレないわよね……)
美砂は自分の出番がないままに作戦があっさりと成功することを祈っていた。
「コータ、ダイジョブ?」
「ちょっと怖いけど、ライアンと一緒だし、落ち着いてるよ」
「イッショ ライアンモ ウレシイ」
浩太は周囲の反対を押し切って付いてきてしまっていた。
風町医院に残した彼の家族もひどく心配して引き留めたが、浩太は「僕にしかできないことがきっとあるから」と言って、押し切ったのだった。
兼光もレベル1の浩太を連れて行くわけにはいかず、風町医院で待機するようにと説得したが、浩太は「死んでも後悔しません」と真剣な眼差しで言ってのけた。
それに根負けした兼光は、ライアンに浩太の護衛を頼んで、二人を最後方に配置した。
ちなみに、作戦参加者67名のうち、ライアンと同じく騎士に転職した者は6名。
敵のほとんどは正面から現れるが、少なからず側面や後方からも湧いて出るとの情報を台湾の女性から得ていたので、3名の騎士を前方に、残りの3名を左舷と右舷、後方にそれぞれ配置することになっていた。
「あ、そうだライアン、これを使って!」
そう言って浩太がIFから取り出したのは、鉄の盾。
といえば聞こえが良いが、実際には取っ手を取り外したフライパンに細工をしただけの、手作り感溢れる一品だった。
浩太は皆がホームセンターから寄せ集めた物の中に電動ドリルがあったのを見つけると、それでフライパンの円盤に穴を開け、病院のベッドの脚を固定するのに使われていたボルトとナットを用いてヤカンの取っ手を器用に取り付けたのだ。
ちなみにフライパンの色はピンクで、IHにも対応している。
「ライアンが覚えた騎士のスキルの中に、盾状の物を装備してないと発動できないものがあったでしょ」
ライアンは浩太からそれを受け取ると、まじまじと色んな角度からそれを眺めて呟いた。
「Oh……。シールド オブ アイギス」
ギリシャ神話に登場する最強の盾であるアイギスの盾《イージスの盾ともいう》のことをいっているのだろうと、ゲーム好きの浩太だからこそ察することができた。
「そんな大それた名前つけられると恥ずかしいよ……! アイギスじゃなくてIHの盾ってとこでしょ」
「Oh……。IH オブ アイギス」
「アイギスの方を消そうよ……」
浩太のつっこみなど知らぬ顔で、ライアンはそれを太陽に照らしてキリッと口元を引き締めた。
晴天であるにも関わらず、あるいは晴天であるがゆえにか、山道の両脇に広がる森林には色濃く影が落ちていて、その不気味さがなおさら彼らを不安にさせた。
「いきますよー! 皆さん、がんばりましょー!」
そんな不安を払拭するかのように、明るい調子で大喜多健吾が声を上げる。
その後で、健吾はちらりと兼光の方に目をやった。
兼光が気を病んでいるのはとっくに察していたが、健吾はその理由をあえて訊かない。
自分が頑張ることで、兼光をサポートしよう。
そういう考え方をするのが大喜多健吾という人間であった。
そしてとうとう、彼らは山道へと踏み入った。
誰もが武器を持つ手に汗を滲ませ、息をのんで慎重に歩を進めていく。
一合目を上った辺りだっただろうか。
彼らの前方にいつもの黒い渦が複数現れて、バチバチと電子音を放ちながら回転し始める。
ただ、いつもと違うのはその数とサイズだ。
「くるぞっ!」
やがてそれは形を変えて、魔物の姿を形成した。
出現したのは、背丈は2mはあろうかという、いかにも頑丈そうな筋骨を蓄えた人型の魔物。
その見事な肉体とは裏腹に、ひどく醜い面相と、身に纏うぼろ雑巾のような布きれがいかにも汚らしい。
手には、長い樫の棒に角張った岩石を結びつけた石斧を持っており、それで足元の石畳を打ち鳴らしながらこちらを威嚇している。
数は情報通り10体。
今までも10を超える魔物を相手取る場面はあったが、ゴブリンのような小物とは違って、眼前のそれは一匹一匹が大きくてたくましい。
「オーク、レベル7だ!」
先頭集団の中にいた健吾が後衛たちに向けてそう叫ぶ。
しかし、直後に健吾の視線は後方の魔法部隊の辺りにくぎ付けになる。
20名から成る魔法職の面々が一斉にスキルを発動したために、色とりどりの閃光が足元に浮かび上がる魔法陣から立ち昇り始めていたのだ。
直後、前列の近接職の頭上を飛び越えるようにして、雷が、炎が、氷が、魔物たちの頭上に降り注ぐと、轟音と共に土煙が舞い上がった。
「うわっ。容赦ねえなぁ……」
健吾が土煙に咽ながら、苦笑いを浮かべる。
当然、魔物は全滅しただろうと誰もが安堵していたが、そんな中でただ一人、風町美砂だけが声を上げた。
「構えて! くるわよ!」
美砂には見えていた。
降り注いだ魔法の着弾位置には偏りがあって、おそらく数匹は直撃を免れているであろうことが。
直後、土煙の中から3匹のオークが飛び出してくる。
美砂の声に反応して前衛たちが構えなおした時にはすでに、3匹のオークが最前列にいた者たちへ向かって柄の長い石斧を振りかぶっていた。