作戦決行
前話に最後の数行分だけ掲載し忘れていましたので追記しました(2020/12/13)
既に前話を読まれた方は、もしよろしければ再度、前話の最後をご覧いただけますと幸いです。
「皆さん準備いいっスか! 気合い入れていきましょう!」
午後4時30分。
遠くの空がほんのりと黄昏に染まり始めた頃。
大喜多健吾の歯切れの良い号令に応えて、67名の転職者たちは声を上げた。
転職が完了した彼らの誰もが、大きな自信とわずかな不安を胸に宿していた。
「プチデーモンの情報だと、相手は多くても30匹くらいなんだろ。まあ余裕だろう」
「でもそのプチデーモンがやられてんだ、油断できないぞ。あいつは途中で逃げてきたんだから本当はもっと沢山出てくるかもしれないって噂だぜ」
「クラッカーのやつ、『たどり着ければな』とか得意げに言ってたしな」
「私のスキル通じるかな」
「やばい、緊張してきた……」
彼らの人生の中で、今日ほど自身の存在意義を強烈に感じたことはおそらく無いだろう。
周りにいる600名からの期待を受けて、楽園を勝ち取るべく戦う。
いや、あるいはこの町の生存者すべての希望を託されているのかもしれない。
戦いという言葉が様々なスポーツや、取るに足らないゲームにおいて使われるようになって久しいが、これから起こるのは事実、命を懸けた『戦』なのだ。
それも、戦争のようなどちらが善でどちらが悪であるかが怪しいようなものではない。
勧善懲悪の聖戦なのだ。
こみ上げる陶酔感に皆が浸っているところに、突如子供がわめくような声が上がり、彼らは一斉にその声の発生源へと目をやった。
「いーやーだー! わたしもいくー!!」
三島朱音である。
自動ドアの側で体を小さくたたんでしゃがみこみ、ペチペチと膝を打ち鳴らしながら抗議しているようだった。
「わがままいわないのっ!! あんたは怪我人でしょうが! 我慢しなさいって何度いったらわかんのよ!!」
いじけて頬を膨らます朱音をしかめっ面で見下ろしながら声を荒げているのは風町美砂。
まるでデパートのおもちゃ売り場で駄々をこねる子供と、それを叱る母親を見ているような気がして、誰もが生暖かい視線を送っていた。
「朱音ちゃん、休んでないと天羽君に怒られるよ?」
宝木桜が付け加えると、朱音は少しだけ肩をびくりと動かしてから「へ、平気だもん」と、か細い声で言い返した。
しかしその直後に朱音の左手首に巻かれたIFが着信を受けて振動し始める。
朱音が恐る恐る画面を立ち上げると、そこにあったのは「天羽春樹」の文字。
「はい、もしもし……」
まさか、参戦すると駄々をこねていたのがばれた訳ではなかろうと思い、朱音の声はひどくうわずっていた。
『大人しくしてるか? なんだか周りが騒がしいな。ちょっと二人で話いいか?』
また怒られるかもしれないと身構えていた朱音であったが、春樹がいつになく神妙な面持ちをしているのを察してすぐに立ち上がると、ちらりと美砂たちの方を見てから、診察室の一つへと入って行った。
しばらくしてから、朱音は何やら上機嫌で診察室から出てくる。
「……どうしたのあんた?」
満面の笑みを浮かべている朱音に向かって美砂が尋ねる。
「ううん。なんでもない、なんでもない。ささ、みんなはもう出発しなきゃね。私はちょっと傷が痛むから横になろうかなぁ」
明らかに様子がおかしい。
ともあれ、大人しくしていてくれるというのであれば有り難い。
美砂はそれ以上はなにも訊かずに、階段を上っていく朱音の背中を見送った。
そして彼らは出発する。
歩いて15分程度の距離であるので、出発して間もなくには目的地が見え始めた。
そう、すっぱりと上半分が切り取られてしまっている山脈を、誰もが見据えながら歩いていた。
「今朝はご苦労だったね」
道すがら、斎藤兼光は服部彰にそう声をかけた。
「いえ。けど、やっぱり戦うしかなさそうですね」
今朝方、兼光は安全地帯周辺の偵察を服部に頼んでいた。
服部は朱音が向かった正面の山道とは異なるルートから侵入を試みたが、やはりそこにも多くの魔物が出現した。
服部は持前の素早さと忍のスキル『縮地』を使ってそれをかいくぐり、台地部分の周囲までたどり着いた。
しかし、登頂は目前だというのに、思わぬものにそれを阻まれたのだ。
「見えない壁、か。児玉君の予想だと、魔物を全て倒さないと侵入できない仕組みになっているらしいからね」
安全地帯への侵入を阻んだのは、目に見えない、不思議な障壁だった。
触れると音叉の共鳴に似た甲高い音をだし、何かを警告するかのようにその一部分だけがほんのりと赤い光を放った。
もちろん、服部はそれを蹴り飛ばしたり、拳ほどはあろうかという大きさの石を力いっぱいに投げつけたりしてみたのだが、壁はそれらを全て無感情に、あるいは事務的に跳ね除けた。
「言われてみれば、そういうのってゲームではよくある話っすよね」
そう、魔物を倒さないと先へと進めない。こんなことはRPGゲームであれば当然ともいえるギミックであったが、現実世界にその考えを持ち込むことには誰もが慣れていなかった。
その点で児玉浩太は異色の存在と言える。
おそらく謎の障壁は、台地をぐるりと取り囲むように張り巡らされおり、特定の条件を満たさなければ侵入できない。
そしてその条件とはもちろん、白虎の討伐に違いない。
それが浩太の見解だった。