中年独身フリーター男性が鶏と合体して宇宙人と戦う
キーワードは余り気にしないで。
ある日突然、地球は宇宙人に支配され始めた。
「地球人、皆サン、私タチ友好、元素クダサイ。」
そういっておもむろに世界中の地面を掘り始めたのだ。
「このままでは地球の金属のほとんどが地球の外に持ち出されてしまう!」
科学者が何人も声を上げたが、東京スカイツリーをはるかに超える巨大なボーリング装置を世界中に設置した彼らは、人類が夢見て成し得なかった軌道エレベーターをあっさり組み上げ、衛星軌道のゴミまで掃除し始めた。宇宙人達は自らを「テラン」と呼び、協力的な国家に様々な技術革新をもたらした。
「我が国はテランの進んだ社会制度を学び、ベーシックインカムを2020年より開始したいと思います!」
あれから5年がたった。
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「シン!アンタ暇だったらみりん買ってきて!」
シンは35歳男性独身、現在はアルバイト。月に1万円のアルバイト代はそのまま自分の小遣いに使える。政府がシンに支給している実質生活保護は月20万円。20万円は衣食住や通信費などで綺麗に消えてしまうが、2019年の感覚で言うと月に20時間程度のアルバイトで月収21万円程度の生活をしていることになる。
「みりん、補助でんけ?もったいないって。」
「補助でないから買ってきてって言ってるんでしょ!」
シンはのろのろと起き出して「俺の小遣いから出すの!?」とあからさまに嫌そうな声を出した。
「そんなこと言うと、あんたの分だけご飯作んないよ!」
シンは「別に飯に困ってないからいいよ」と言い掛けてやめた。そうすると、今度は「ご飯は家で食べなさい!」と矛盾した議論になるからだ。無言で家を出ると近くのコンビニへ歩く。本当は国民全員が働いていても働いていなくても生活保護を受けれるので一人暮らしをしても良いのだが、家を出るのが不安なのだ。昔、生活保護が受けられなかったころ、仕事の都合で家を出て何回も食い詰めた。家を一歩出ると夏の暑さに息苦しくなる。出来るだけそのことは考えないようにコンビニへ向かうが、蝉の音は容赦なく夏を報せる。アスファルトの陽炎を恨めしく思いながら歩いているとヒョロいオッサンが今にも熱中症で倒れそうになりながら立っていた。
「あ、磯山っす。」
磯山は中学の頃の同級生だ。人付き合いが悪かったがやたら頭が良かった。相変わらずひょろひょろしている。目を細めてこちらを見ている。
「え?シン君……?髪……いや、なんでもない。久しぶり。」
シンはハッとして帽子を深く被りなおした。
「磯山さん、今なにしてんすか?仕事とか。」
磯山はため息混じりにすっかりあきらめた顔をしている。
「……何にもしてないよ。やることなくなっちゃって。」
社会改革で国民全員の生活が保障されたことで、社会の無駄は徹底的にそぎ落とされた。特にエリートともいえる人間たちのかなりの数が無職になった。
「公務員だったっすよね?」
磯山はまたため息をついた。
「厚生労働省で少し働いたんだけど、歳入庁って出来たじゃん?あれで国民健康保険の仕事してた人間がゴッソリ首切られて……」
2019年まで年金、健康保険、各種税金、下水道使用料などの水道料金、罰金の類は全て別々の省庁が集めていたのだが、全部ひとまとめになり、大量の公務員が職を失ったのだが、シンはそれを知らない。
「なんかむずかしそうっすね。」
磯山は口をゆがめてシンを見ると「まあね」と言って背を向けた。シンは内心「馬鹿にされた?」と感じては見たものの、仕事がなくなった磯山に何かいう気にもならなかった。何と言ってもシンは働くことをやめるつもりはなかった。バイト先に少し気になる女性がいるのだ。
「あ、みりん。」
危ういところでみりんを買わずに帰るところだった。遠くの山にテランがおっ立てた巨大なボーリング装置がぼんやりと見える。
「……」
シンは周りに人がいないのを確認すると、少しだけ帽子を外して、汗ばんだ頭皮を手で撫でた。鏡で見れば何も生えてないように見えるかもしれないが、手にはちゃんと産毛が生えていることが感じられた。シンはもう一度帽子を深く被りなおすとコンビニへ急いだ。
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コンビニの2台あるレジの人間がいるほうで会計を済ますと、自動ドアを出る。再び蒸し釜のような熱気が肌に貼りついてくる。
「バッカ……熱中症で死んでまうて……」
ふと用水路を見ると、誰かが首まで浸かっている。
「カッパ!?」
どう見てもカッパだ。ものすごく鋭い視線でこっちを見ている。
「あんたカッパっすよね!?」
カッパと呼ばれた生物は鋭い視線のまま「好きに呼べ」と答えた。シンはカッパを注意深く観察した。全身は灰色に近い緑で、頭のてっぺんで髪がなくなっておりつややかになっている。シンはハッとして帽子をもう一度深く被った。
「人間、私と仲間にならないか?」
シンは帽子を押さえて激しく抵抗した。
「い……いやッス!何で俺なんすか!?俺は違うッス!……多少はそうですけど……俺のは額なんスよ!」
カッパは鋭い目で帽子を見ている。
「その帽子を取って見せてくれ。」
「何にもないッスよ!……いや!あるッス!!」
「いいから帽子を取って見せろ」
「お前とは違うッス!」
「取れッテ!」
シンは「もう嫌ッスもん……なんで俺ばっかり……」と半泣きになりながら帽子を取った。
「ほう……やはり見事だ。素質は十分だ。長い時間かけて調べてきた甲斐があった。」
シンは尚もぶつくさ言っている。
「……ゲじゃないッス。もう本当嫌ッスわ。」
「シン、宇宙人と戦って地球を人類の手に取り戻せ。」
夏の昼下がり、うだるような暑さの中、シンは地球を守る戦士として選ばれた。
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「なに言ってるんスか?」
「地球を人類の手に取り戻せと言っているのだ。」
シンはため息をついた。
「頭おかしいんじゃないッスか?」
今度はカッパがため息をついた。
「おかしいと思ったら帽子をもう一度取ってみろ。」
「これはおかしくないッス!自然な奴ッス!自然現象ッス!」
「20代でその状態が自然か。」
「今は35ッス!」
「知ってるが、お前は20代半ばで既にハ……」
シンは用水路へ足から飛び込んだ。
「なんて事を言おうとしてるんッスか!」
飛び込んだ弾みで落ちた帽子が用水路の妙に澄んだ水に浮いて流れる。カッパはそれを掴むと両手で絞り、シンの頭の上に乗せた。
「お前は選ばれた人間だ。」
「何すればいいんスか!?」
みりんはなかなか家に届かなかった。
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カッパはシンを山の中腹の廃校の体育館へと案内した。体育館の真ん中に一羽の鶏が佇んでいる。
「鶏じゃないッスか。知ってますよ、これ雌鳥ッスよね?俺、知ってますもん。」
カッパは「まあ雄鶏だが」と言いながら鶏に近づいた。
「まず、お前は私をカッパと呼ぶが……実際、多くの場合、カッパと呼ばれるが、本来、お前たち人類の言い方で言うと、私はカッパというより『人類』に近い。」
そう言いながら、自分の手のひらをじっと見つめている。
「そんなことないッスよだって頭も……」
そう言いかけてシンはしょんぼりした。切なかったのだ。
「もう少しわかりやすく言えば、『恐竜人類』とでも言おうか。私はお前たち現生人類が恐竜と呼んでいるモノの……まあ、いわゆる『なれの果て』とでも言うべき存在だよ。」
「コスプレじゃなかったんスね。知ってましたけど。」
「恐竜人類」と名乗ったカッパはしばらくシンの顔を見つめた。
「彼ら宇宙人は過去にも地球に攻めてきた。そのときは今のテランではなかったが、目的は変わらなかった『金属の採取』だよ。」
シンは「なにやら難しそうな話ッスね」と思ったが口には出さなかった。
「我々は戦った。現在の哺乳類人類とはだいぶかけ離れた概念では会ったが既に文明を持っていた我々は、彼らの真意に気付くと徹底的に抵抗して戦った。そして、撃退に成功した。」
シンはがらんと体育館の中でなんとなく一人拍手をした。
「しかし、彼らは最後にとんでもないモノを放っていった。小惑星級質量兵器だ。」
シンは拍手をやめた。空気だけを純粋に読んだのだ。
「本来なら我々は生き残れるはずだった……しかし、我々は奴らと戦うために遺伝情報を操作し巨大化していたのだ。極わずか、小型の二足歩行形態に巻き戻れた私を含む数人が生き延びたのだ。」
いつしか、体育館の中のカッパが5人に増えていた。
「我々は次の奴らの襲撃に備えて武器を隠し、地層睡眠に入った。時折、外界の様子を伺いもした。あとは知ってのとおり、奴らは来た!」
カッパたちは寄り添いながらシンを見つめている。シンは帽子を深く被りなおした。この短時間にもう乾いている。
「そして、我々が隠した武器を見つけ出した!それがアレだ!」
指差した先を見ると、鶏が体育館の床をつついていた。
「雌鳥ッスか?」
「雄鶏だよ!」
5人のカッパに一斉に突っ込まれた。シンは少し得意そうな顔をした。
「我々が前回の戦いで作り上げた兵器……人類が言うところの生物兵器のデータを幾つかの生物に託したのだ!その中の幾つかは長い時間を経て修復不可能になっていた。しかし、あいつはほぼ丸々、兵器としての情報を今の世代へ伝えていたのだ!」
雄鶏が自分の話をされていると気付いたのかこちらを見た。
「ニワトリッスよねぇ?」
「お前たちがそう読んでいるだけで我々の言葉を正確に訳せば『環境適応特化型自立兵装3型』と言う。」
「え、何?」
「『環境適応特化型自立兵装3型』は体を小型化することであらゆる苛酷な環境に適応できるように調整された、自発的に繁殖する3型兵装だ。……もっとも他の型は今のところ発見できていないがな。」
カッパの一人が愛おしそうにニワトリを撫でようとして突かれている。
「飛行能力を失ったことが功を奏して、人類に家畜化されたことがこいつらの種の保存を助けたようだな。」
カッパは手からうっすら血を流しながらこちらへ向き直った。
「このニワトリを退化させることで身長約50m以上のの巨大生物兵器となる。」
「50m以上って……ウシより大きいって事ッスよね!?」
シンへどう返答してよいのかカッパがどよめいた。
「そういうことになる!」
「すごいじゃないッスか!」
カッパたちは何かを確認しあっている。
「そして、その兵器にはお前が乗るんだ!」
「あ、それはなんとなくわかりました。」
カッパたちはもう一度何かを確認しあっている。
「話し合いとか良いんで早く乗せてくださいよ。」
「よしわかった!」
カッパはそう答えると手のひらからなにやら光線を放った。シンはその光線を見ながら意識を失った。
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シンはなんだか心地よかった。だいぶゆっくり眠った気がする。ベーシックインカムの意味はシンにはよく分からなかったが、あれから急に生活が楽になった。漫画喫茶にネットゲームをやりにいくお金だけ稼げば人生楽勝だ。こうやってゆっくり眠れる日も増えた。
「ハッ!」
シンは体育館倉庫で目覚めた、徐々に体の感覚が戻ってくる。何かの台の上にがっちりと固定されている。
「目覚めました。」
「もう、問題ない、目を覚まさせておこう。」
頭もがっちりと固定されている。
「あんたら、何やってるんッスか!?」
カッパの一人が答えた。
「お前を戦士に改造しているんだよ。」
誰かが頭をいじくっている。
「アタ……額に何してるんですか!?」
「前頭部から頭頂部にかけてシンクロユニットを取り付けているのだ。大丈夫、残った髪には一切触らない部分だ。」
「あ、それならいいッスね……駄目ッス!何か駄目ッス!」
カッパは皆上機嫌だ。
「いやー、しかし、現生人類にここまで都合よく大脳が不活性な個体がいるとは奇跡だな。運命に選ばれた真の戦士だよ!」
「この調子だと、かなりの速さで兵装と接続出来るんじゃないのか?」
シンは自分の頭が開けられているのか、何されているのか全くわからなかったが褒められて悪い気はしなかった。
「まあ……勇者ッスから!」
カッパもこの言葉には納得したようだ。
「これだけ大脳が不活性にもかかわらず会話が出来る上に、勇者だと自覚している……素晴らしい!」
「勇者くん!最後、少しだけ痛いが踏ん張ってくれ!」
「え?痛いんッスか?……熱ッ!熱い!熱いッスよ!アッ!アツーーーー!!」
カッパもここが正念場のようだ。
「よし、冷やすぞ!……それっ!」
白い湯気のようなものが立ち上る。
「熱い!あつ……冷ッ!ツベッ!ツベタッ!」
シンの頭皮になにやら冷たいモノが雨あられのように吹き付けているようだ。
「つべッ!つべッ!……」
カッパたちの表情は真剣そのもの。シュゴゴゴという何かが吹きつける音と「つべッ!」というシンの声だけが改造された体育館倉庫に響いている。
ブフっ……
カッパたちはシンの余りの嫌がりように小刻みに震え始めた。
「ゆ……勇者さん、……こっちは真面目なんだよ……あまり笑わせないでくれるか?」
誰かの言葉に耐えられず別のカッパが吹き出した。
「ヤメロ人間www腹イテェwwwwww」
「冗談じゃないっすよ!つべッ!つべたッ!……こっちだって真剣に!……つべッ!」
シンが開放された頃には5人のカッパは息も絶え絶えだった。
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すっかり暗くなった頃、シンは体育倉庫から出てきた。5人のカッパは何かを吸い取られた顔をしている。
「もう信じられんッスわ!自分たちで冷やしておいて笑うとかマジ無いッスわ!」
シンはおカンムリだ。
「よし、あのニワトリを捕まえるんだ。」
「えーめんどくさいッスよ。」
「お前は何のために冷たい思いをしたんだ。」
「冷たい思い」がツボに入って、カッパの一人が笑い崩れた。
「仕方ないスね……ほら、こっちこい……あ……」
ニワトリは捕まえようと屈んだシンを見たとたん、真っ直ぐ走ってきてシンの光沢のある前頭部にとび蹴りをかました。
「始まった!……速いぞ!?」
カッパが全員逃げ始めた。
「退化には5分以上かかるんじゃなかったのか!」
まばゆい光が体育館からあふれ出す。光は体育館の屋根を突き破った。光が収まって静けさが戻った体育館を突き抜けて巨人が立っていた。
「15秒…15秒でシンクロが終わるだと!?」
「奴の脳はどこまで『環境適応特化型自立兵装3型』に近いというのだ!?」
体育館の破れた天井では水銀灯だったものが揺れている。6500万年の時を隔てて、旧文明の巨大兵器が復活したのだ。
「我々が過去に作ったものより巨大だ……現人類の言葉を借りれば『絶頂退化チキノザウルス』……」
50m以上と推測していた体高はゆうに200mを超えているのではないか。
「これで、あのデカイ塔をぶっ壊せばいいんッスね?」
はるか高い場所から声が聞こえてくる。
「あ、待て」
返事を聞かずにチキノザウルスは走り出した。
「もう走れるのか!?」
体長200mの巨人にカッパが追いつけるわけもない。あっと言う間に山を越えてテランの採掘基地にたどり着いた。
「こうやって見てもデカいッスね。」
高さ1000mはあろうかと言うボーリング装置と比べると、シンが操るチキノザウルスも5分の1程度の身長しかない。しかし、引っこ抜くのには十分なデカさだ。足元でけたたましくサイレンが鳴る。シンがボーリング装置を抜こうと一歩踏み出した振動で走って逃げ出すテランたちが転倒した。サイレンが鳴り止まぬ中、投光器がチキノザウルスに次々と向けられる。巨人は鳥類と爬虫類のディティールを併せ持ち、頭部には真っ赤なトサカが屹立していた。その様子をはるか静止衛星軌道から眺めている男がいた。
「アレは何だ。分析しろ。」
テランの鉱山庁太陽系統括長アダー・オーオーオーオー(4等官)だ。
「……適合率78%、この惑星で6500万年前に滅んだとされている文明の生体兵器のようです!」
アダーの顔が歪んだ。
「そういえば、そんな記録をどこかで読んだな……非機械文明にも関わらず対抗した文明が過去にあったというのはこの惑星だったのか……なんで滅んでないんだ。そして、なぜその事実を俺が知らないんだ……」
側近らしき人物が首をひねった。
「まあいい、誰かが故意に俺を落としいれようとしたなら、その代償はきっちり払わせてやる。私は一旦、本庁に戻る。その間、惑星アースは任せたぞ。ヒル・オーオーオーオーオーオー(6等官)。」
「了解しました。」
アダーは執務室から歩み出て小型艇をめざした。
(そもそも、われらが母星「テラン」と同じ意味の「アース」と言う名前をつけている時点でこの惑星は癪に障ったんだ。俺をハメようとした奴を洗い出して一族郎党銀河の果てに島流しにしてやる。)
アダーはそこまで思いを巡らせた所で、仮想敵として自分の直属の上司の顔を思い描くとニンマリと笑った。アダーにとっては本当の敵が誰なのかと言う事実はさほど意味を持たないのかもしれない。軽やかに小型艇に乗り込むとテランへと飛び立った。
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破壊の限りを尽くし、チキノザウルスを元のサイズに戻して地上に降り立つと、シンはカッパたちに礼を言った。
「凄い力ッスね。礼を言いますよ。」
カッパたちは自分たちの想像を超えるシンの適応力にまだ驚いている。
「ああ、それと……俺がヒーローであることは誰にも言っちゃ駄目ッス。」
そう言ってシンは細かい話を一切しないで家に帰っていった。
「なぜだ……なぜ質問攻めにあわない?奴は、自分の置かれた状況に疑問はないのか?」
悩むカッパの一人を他のカッパがなだめた。
「それが、選ばれし者なのだろう……彼がサイテ……最高水準だと信じよう。」
5人の旧人類は、次の勇者を探すのが不安になってきたが、誰も口に出さなかった。
リクエストがあったら続き書く。